不倫の女
日付が変わる時間の来客など不吉でしかない。
「え? ちょっと待って。こんな時間に誰か来たわ。なんか気持ち悪いわね」
「出なくていいんじゃない」
あえてそう言えば、母がドアを開けるのではないか、と思った。
母が気になってドアを開けることを期待した。
嫉妬のような感情が自分の中に沸き起こっている。
「そうだけど……ちょっとドアから外を覗いてみる」
母が来客の様子を見ることに、笑いたくなった。
「なんで?」
母のその声は、なんでこんな時間に? という疑問ではなかった。
ガタガタという音の後に、金属の擦れる音が聞こえる。
多分、玄関のどこかにスマホを置いてドアを開けたのだろう。
「こんばんは」女の笑っているような声が聞こえる。
「こんばんはじゃないでしょう。なんでアンタがこんなところに来るのよ!」
深夜だというのに怒りを抑えきれない声で母が怒鳴る。
「今さら、私を殺しに来たの……?」
「そんなことしませんよ。殺意なんて、もうとっくの昔に捨ててきました。殺すことより酷いことをされたんですから。殺すだけじゃあ私の怒りは収まるわけないじゃないですか。もっと酷いことを考えてきた次第です」
「なんなのアンタ。本当に気持ち悪い。酷いことをされたってそもそもアンタが、私の旦那を奪おうとしたくせに。その結果、勝手に孕ませられただけでしょう。どうせなんか細工してそうなったんでしょうに」
母はもう怒りで、私と電話していたことなど忘れてしまったのだろう。
私は当事者として二人の話を聞いておこうと思った。
「違いますよね。あなたと違って、私たちは愛し合っていましたよ。そもそもあなたはあの人のお金が目当てだったんでしょう。だから、私から……あの子を奪ったんでしょう。それも一時の時間稼ぎにしか過ぎませんでしたね。結局、遺産も思っていたほどもらえなくて残念でしたね」
「アンタのせいでね。お金目当てなのはアンタの方でしょうが。アンタと話したくなんかないからさっさと帰りなさいよ」
「ええ、帰りますよ。私もクソババアと話すの疲れますからね。これ、受け取ってください」
「今はもうアンタもクソババアでしょうが。何よ。その封筒」
「あなたの婚約者である近藤さんの浮気相手の写真です」
「え、啓太さんの……」
私の知らない名前だ。名前などもはや関係ない。
「では、とっとと死んでくださいね。あなたは生まれてからずっと社会的な価値なんかないので、早く死んだ方がいいと思いますから」
「うるっさい」
ドアの閉まる大きな音がした。
「あの人が浮気なんて噓よね……」
母は何かに縋ろうとしているような声を出している。
「私が付き合った人……そんな人ばっかりじゃない。なんでよ。噓よ。絶対」
紙が破れる音が聞こえる。
何かが散らばるような音。
「噓……。これって……」
私は電話を切った。
母ではなかった女が電話をかけてくる予感がしたので、スマホの電源も落とす。