君を手に取る1秒前
君を想って
「もう、健人には会えないから。」
「………は?それって、どういう……」
「引っ越すの。お父さんの仕事の影響で。」
海を眺めている紗奈の目は、どこかもっと遠くを見ているような気がした。
「……どこに、引っ越すんだ?」
「言わないよ。言ったら健人、着いてくるで
しょ。」
「………」
本当に、健人はそのつもりだった。
紗奈の為なら、どこまでも着いていく。
でも、紗奈は俺が着いていくことなんて望んでいない。
なら俺は、どうすることも出来ない。
彼女を傷つけたくないから。
健人は、その場に立ちすくす。
「健人、今までの思い出全部忘れて?いや、今まで私たちが過ごしてきた時間は、思い出じゃないね。ここの海でアイスを食べたりしたのも。だって私は、健人の事を愛せていなかった。愛していた、つもりだっただけ。」
「思い出じゃなかったら、なんだって言うんだよ!」


健人の言うことは、分かってる。
ただ私が、思い出にしたくないだけ。
それに、愛していたことに間違いはない。
この先もずっと、思い出を繋げていきたい。
でも、そんな事………
思う自分を、許さない。
だから、自ら否定して気持ちを隠した。
それだけの事。
「健人、聞いて。次、健人が誰かを好きになったら、その人の事、精一杯愛してあげてね。それと、私みたいなヤツ、選んじゃダメだよ!」
……また、苦しむ事があるから。
苦しんでほしくなかったから。
「いい人、見つけてね。」
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