君を手に取る1秒前
走って走って、出会った君。
健人が目を覚ましたのは、事故から1ヶ月程先だった。
嬉しかった。
でも健人は、私の事を覚えていなかった。
健人は、私を庇って事故にあった。
そして私の記憶を、失くした。
彼をこんな目にあわせてしまったのだから、当然の報いだと思った。
けれど思った以上に悲しくて、病院を出た後、私は家に帰り自分の部屋に引きこもった。
医者によると、私への思いが強すぎて、記憶が無くなってしまったらしい。
そんなに私の事を好きでいてくれたのに、
私はっ……
自分に異変があったのに気づいたのもすぐだった。
でも、健人にその事を相談するのは、すぐじゃなかった。
………私、健人の事、信頼出来てなかったのかなぁ。
高1のとき一目惚れして、友達になって、私から告白して。
だから私は、健人が私の事を好きな気持ちより、私が健人の事を好きな気持ちの方が大きいと思っていた。
幸せだった。
でも、そんな愛も時間が流してった。
好きになって、好きなままでいたくて。
一緒にいたくて一緒にいたのに、健人といると、最初は緊張していたもののいつの間にか慣れていた。
健人と海で食べたアイス、美味しかったなぁ。
って、私何考えてるんだろう。
そんな事を思いながら、紗奈は眠りに落ちた。


それから3ヶ月程が過ぎた。
紗奈は変わらず部屋にいた。スマートフォンの画面が真っ暗な部屋の中で光った。
画面には、栗原健人の文字。
健人!?
紗奈は、スマートフォンを強く握りしめて、愛しい人の名前をタップする。
するとそこには、”ごめん”の文字があった。
「な、んで……あんたが謝るのよっ」
健人が私の事を思い出してくれたと分かったのは嬉しかったが、それよりも自分の情けなさに怒りを覚えた。
健人に謝らせて……健人、何も悪いことしてないじゃないっ。
もう、この情けなさを落ち着かせるためには”あそこ”に行くしかないと思った。
久しぶりに太陽の光の暖かさを感じながら、走った。
もう1人の私は、事故以来何も喋らなくなった。
もう1人の私に操られているわけじゃないけど、体が勝手に動いた。
「はぁ……はぁ……着いた……」
その時丘から見えた海の色は、とても寂しい色をしていた。


まだ健人が目を覚まして2日。
母親から、父が転勤するから東京まで引っ越すと告げられた。
健人とはもう会わない方が良いと思っていた為、引越しは現実から逃げる言い訳としてピッタリだと思った。
健人との関係は、もう終わりにしよう。
そう思ってメールを見た後丘に行った。
でも、丘に着いた時紗奈はしまったと思った。
優しい健人の事だから……いつも私の事を見てくれていた健人だから……来てしまうと思った。
この丘に。
来てはダメだと思った。
だって、健人の優しさにもう一度触れてしまうと、離れることが出来ないと思ったから。
「……紗奈!!」
やっぱり、来てしまった。
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