君を手に取る1秒前
幸せの記憶
健人は、4ヶ月程で学校に通えるほど回復した。
でも、学校には病室にいた女の姿は見当たらない。
結局……あの女。誰だったんだ?
でもそれほど気にしなかった。
事故以来初の登校で浮かれている自分がいたからだ。
教室へ向かう間、沢山の人に声をかけられた。
「おー、栗原!おかえり!」
「栗原くん、もう大丈夫なの?」
「無理しないようにね。」
ちゃんと顔は覚えている。
名前は元々知らないが。
だからもちろん、自分の席の位置だって覚えている。
そして荷物を片付ける。
ん?隣の席の人、誰だっけ?
そう思うと、ふと頭の中に記憶が蘇る。
『健人』
ズキン。
一瞬見えた……誰だ?思い出せない。
必死に思い出そうとしていると、あっという間に昼になった。
「健人ー、食堂行こうぜ!」
「ああ。」
友達に呼ばれ、食堂に向かう。
そして席に座る。
するとやっぱり、目に付くのは隣の席。
『健人』
ズキン、ズキン。
もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。
健人は授業が終わるまで、ずっともどかしい気持ちでいた。
学校を出ると、自然と体がこっちに行けと言っているみたいで、行方の分からない場所へ導かれる。
そこは、海だった。靴と靴下を脱ぎ、海に足を入れる。
ズキン。
「っ……」
頭に痛みが走る。
ふと前を見ると、見えたのは前病室にいた女の姿。
ズキン。
『健人っ』
……………。
全て、思い出した。
あんなに大切な人の事を忘れてしまっていたなんて。
紗奈だ。俺の彼女の、紗奈だ。
思い出したら、猛烈に紗奈に会いたい気分になった。
でも、今になって気づいた。
俺が来ても、誰も紗奈の名前を口にしなかった事を。
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