わけあり家令の恋
 そんな静かな日々に変化があったのは、それから間もなくのことだった。

 いつもどおり杉崎にお茶の盆を渡して、夫の様子を聞き、立ち去ろうとした時だ。
 「恐れ入りますが」と声をかけられたのだ。

「本日、奥様はご予定がおありですか?」
「いえ、特には――」

 身ひとつで嫁いできた私はいまだにお客扱いで、この家の采配は女中頭の栄が行っていた。
 特にすることもないため、身支度を終えて朝のお茶を運んでしまうと、読書やレース編みなどをして時間を潰すしかない。予定などあるわけがなかった。

「それでは気晴らしにお出かけになられてはいかがでしょう? 家にばかりいては身体に毒だと旦那様も案じておられますし……運転手に車を出させて、幸にお供させますので」
「旦那様が?」
「はい。銀座にでも行かれてはどうかと」

 思いも寄らない提案だった。
 そんなふうに気にかけてもらえたことがうれしくて、その先が続けられなかった。

 体調の問題があるにせよ、私はいまだに夫の部屋に入れてもらえず、顔さえ見せてもらえない。
 花嫁どころか、ただの邪魔者扱いされているようで、ずっと身の置きどころがないような気がしていたのだ。

「どうもありがとうございます」

 私が頭を下げると、すぐに「さっそく手配いたします」という声が聞こえた。
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