*結ばれない手* ―夏―
「杏奈さんは……先輩のことを、好き……ですか?」

 モモは震える声で問うた。

 顔を上げ、杏奈の瞳を自分のそれに映す。

「そうね……」

 突然の質問に、杏奈も驚いたようだった。

「昔のナギなら嫌いではなかったかも、ね。今の彼は私には分からないわ。臆病な子犬みたいにキャンキャン鳴いているようにしか見えない。いつからあんな風に弱々しくなっちゃったんだか……恋しちゃった思春期の少年でもあるまいし。でもそれが……『自分の場所』に戻ることで彼自身も戻るのなら。私にも受け入れる余地はあるわね」

「そう……ですか──」

 自分の意志とは違うところで、口が勝手に動き返答した。

 昔の凪徒。

 ──それが本当の先輩? 今の先輩は──?

「少し……考えさせてください……」

「大丈夫よ。良いお返事待ってるわ」

 杏奈が再び立ち上がり、モモもそれに続いた。

 サーカスまで送ると言われたがモモは断り、出口へと案内する杏奈の背中を追いかけた。

 別荘の敷地は広く、門扉に続く(ゆる)やかな坂を登りきるまで五分は掛かっただろうか。

 初めて会った時のように日傘の下で微笑んだ杏奈は、モモに帰り道を示して手を振った。

 振り向くことのない小さくなる背をいつまでも見つめながら──。


< 107 / 178 >

この作品をシェア

pagetop