*結ばれない手* ―夏―
「あ……杏奈さんが、あたしに(こだわ)る理由が分かりません……」

「理由なんて必要かしら。私は単に貴女を直感的に見出(みいだ)しただけよ」

 そう即答した杏奈の言葉には、偽りの雰囲気は皆無だった。

 真っ直ぐな気持ち。それをためらいもなく口に出来る女性。

 きっと淀みなく隆々(りゅうりゅう)と生きてきたからこそだ──モモはそう思った。

「あの……もしあたしが杏奈さんの元へ行ったら、先輩はサーカスへ戻れますか?」

 凪徒が自分のために戻りたくない世界へと足を踏み出しているのなら。

 まだその世界を『羨ましい』と感じられている自分が行った方が、抵抗がないかもしれない。

「んー……それって美しき兄妹愛? それとも師弟愛なのかしら? ……桜家のことは私には分からないわね。貴女が来ることでおじ様は満足するかもしれないし、それでもナギと私の結婚を進めるかもしれない……今の時点では何とも? でも二人共自分の場所が『ここ』だったのだと、気付けることは間違いないと思うけれど?」

 ──そうなのだろうか? そんなことって……──。

 モモは深く(うつむ)いて自分の両拳を見下ろした。

 凪徒の腕、手首、その手をずっと(つか)まえてきた自分の手。

 でも演舞以外で繋ぐことは出来ずにいた掌。

 そしてこれからも、きっとずっと握り締めることはない──『妹』として、以外には。


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