*結ばれない手* ―夏―
「……モ、モ……?」

 モモは再び走り出した。

 滑り込むように現れた東京行きの準急列車。

 扉が開き、降車する人の波が押し寄せ、そして──。

「せ……先輩!」

 ()けながら進んだ最後部の車両に、こちらを見つめながらも足を伸ばした凪徒の姿が映った。

「せっ……ぱっ、いぃぃぃっ……!」

 あと一歩、無情にも凪徒を守るように扉は閉まる。

 ドアの窓から気まずそうな表情で、凪徒は三度口を動かした。

 ──『ご』、『め』、『ん』。

「あ……」

 発車する四角い箱を追いかけるように、モモは凪徒だけを見つめて並走したが、ホームの柱に激突する寸前、追いかけてきた暮に抱きかかえられた。

「モモ……車で追跡するか? 未だ、今なら──」

「……っく……」

 ──駄目だ……手を伸ばしても……今の先輩は、帰ってこない──。

「すみません……暮さん……。大、丈夫……です。サーカスへ……戻ります──」

 それだけ何とか言葉にして、モモは暮の腕の中、両手で顔を覆い嗚咽(おえつ)(こら)えた。



 ──先輩……行かないで──。



 空っぽになった心の中に、列車の到着を告げる駅のメロディが、やけに明るく残酷に響いた──。


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