*結ばれない手* ―夏―
「さて……『(こと)』は十八年前に(さかのぼ)る。桃瀬君の母君は、とある名家でお手伝いとして働いていた」

 固唾(かたず)を呑んで凝視する六人の眼力(めぢから)にもたじろぐことなく、隼人は穏やかに話を始めた。

「大きなお屋敷であったからね、沢山の女中の中で覚えていられたのは、きっと君にも受け継がれた髪色と肌の白さだろうね。残念ながら名字は分からないが、少しだけ会話したことがあって、芙由子──私の亡き妻だが──と同じ冬生まれだからと、名付けられた『椿』という名が印象的だったこともあった」

 ──椿……あたしと同じ、花の名前。

 一区切り話して自分に視線を合わせた隼人に、モモは無言で小さく(うなず)いた。

「しばらくして彼女はその邸宅から姿を消し、次に見かけたのは出張先の宿に近い公園だった。独りでブランコに腰かけて、その時にはもう少しお腹が大きくてね、その中にいたであろう君に優しく歌っていたのを良く覚えている」

 そう説明した隼人の口元に宿る柔らかな笑みは、見たこともない母親の温かな笑顔を想像させた。


< 161 / 178 >

この作品をシェア

pagetop