15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
和葉をなだめてお風呂に入るように言い、私は食事の後片付けをした。
父親を怒らせてしまったと気にする息子は、しばらくリビングのソファに座って動かなかった。
敢えて、慰めるようなことは言わなかった。
落ち着きがなく、ふざけ半分で思ったことを口にしてしまう息子には、いいお灸だろう。
それに、今年十五歳になるのだ。自分で考えて行動すべきだ。
和葉の後で由輝がお風呂に入ったのを確認して、寝室に行く。
夫は着替えもせずにベッドに腰かけて項垂れていた。
膝に肘をのせ、両手で腕時計を握っている。
元カノとお揃いの腕時計を見つめながら、いや、睨みつけるように鋭い目つきで見下ろしたまま、夫が口を開いた。
「由輝と和葉は?」
「びっくりしていた」
「……ごめん」
「どうしたの?」
「なんか……イラついて」
私は、自分のベッドの端に座った。
和輝は手元の時計を見たまま。
「……私のせい、だね」
「なんで」
「広田さんとのことを知ってて黙ってたこと、気にしてるんでしょ」
「……」
「あなたが、今も元カノと繋がってることを言わなかったのと、同じよ? 知らなくていいことだと思ったの」
本当は少し、違う。
私が知っていることを知ったら、和輝はきっと私と結婚しなかった。
私はそれが、怖かった。
「和輝を疑ったことなんて、ないよ」
「本当に?」
「……うん」
「けど――」
そうよね。
私が知っていることを知っていたら、あなたはきっと、あの腕時計をはめたりしなかった。
夫は優しい。
だから、私の前で無神経にも元カノとお揃いの腕時計を大事だなんて言ってしまったことを、悔やんでる。
でもね? それがあなたのホンネなんじゃないの?
「――言って欲しかった」
「ごめんなさい」
ずるくて、ごめんなさい。
「言えなくさせたのは、俺だな」
「……」
そうね。
だって、私が知らないからと、あの時計を大事に持っていた。
「がっかりした?」
「え?」
「腹黒くって」
「そんなこと――」
「――広田さんにも謝っておいて? 少し……嫌な言い方をしちゃったから」
妻が夫に、夫の元カノへの伝言を頼むなんて、変なの。
和輝が腕時計を、自分のすぐ横に置いた。
私からは見えない。
そして、私を見た。
真っ直ぐ、怖いくらい真剣な表情で。
私は、小さく息を飲んだ。
「謝る必要、ない」
「どうして?」
「謝らなきゃいけないのは、俺だ」
「……謝らなきゃいけないようなこと、したの?」
夫が、視線を逸らした。
瞬きをしながら目線を下げ、キュッと唇を結んで、鼻で胸いっぱいに息を吸い込む。
それから、もう一度私を見た。
「したんだろうな……」