15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

 わかってる。

 腕時計のこと。仕事とはいえ元カノと会っていたことを黙っていたこと。妻の職場の場所に興味も持たなかったこと。

 決して、浮気だなんだではない。

「さっきも言ったけど、和輝は知らなかったんだから、別に――」

「――じゃあ、なんであのカフェにいた?」

「え?」

「この前いたカフェ、行ったの初めてだった?」

「――――っ」

 偶然、だと思って欲しかった。

 あの日は、たまたま、だと。

 私の僅かな動揺を、きっと和輝は気づいた。

 その証拠に、私の答えをじっと待っている。

「……初めてじゃ、ない」

「俺と広田が一緒にいるのを見たのも?」

「……」

 小さく頷いた。

 はぁ、と和輝がため息をつき、今度は目線を上げた。

「どうして――」

「――おかーさーん!」

 和葉の声がして、私は寝室のドアを見た。

「はーい?」

「きーてー」

 チラッと夫を見た。

 彼もドアを見ていた。

 私は立ち上がり、「お風呂、入っちゃって」と言って寝室を出た。

 和葉はトイレにいた。

 生理になったのだが、トイレに置いてあるはずのナプキンがなくて私を呼んだ。

 私は階段下の収納庫からナプキンを取って、娘に渡した。

 卒業式に生理だったらどうしようと心配していたが、ズレてくれて良かった。

 ふと、和葉が初めて生理になった一年半前のことを思い出した。

 お赤飯は嫌だと言い張るからお寿司を買って来たが、デリカシーのない由輝には理由を言わなかった。

 夜、和輝に報告すると、私こそビックリするほどビックリしていた。

 それから「なんかショック……」と呟いていた。

 それをきっかけに、父娘でのお風呂を卒業した。

 和葉は時々、生理痛で学校を休んだ。

 痛みというよりも不快感だったかもしれない。

 こればかりは慣れなのだが、クラスメイトがスカートを血で汚して泣いていたことがあったらしく、そういう心配も重なって、休みたがった。

 そんな日、和輝は和葉が好きなケーキやプリンを買って帰った。

 とは言っても、ケーキを食べるには遅い時間だから、翌朝食べていた。

 和葉はケーキを食べて、重い身体を引きずって学校に行った。

 毎月ケーキを買ってやるなんて贅沢だ、と私が言ったら、和輝は「父親()にはこれくらいしかしてやれないし……」と呟いた。

 優しくて不器用で甘い父親。

 欲張り過ぎなのかもしれない。

 和輝は父親として、十分に家族を大切にしてくれている。

 それで、満足するべきなのだ。

 私も、母親に徹すればいい。

 結婚十五年にもなって、今更、『女』でありたいなどと願うのが烏滸がましいのかもしれない。



 名前で呼ばれないことくらい、大した問題じゃないのよ……。


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