15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

 バックヤードの脇のドアの向こうがスタッフルームになっていて、ロッカーやハンガーラック、小さなテーブルと二脚のパイプ椅子がある。タイムカードも。

 私はタイムカードをレコーダーに差し込んでから、エプロンを外して畳んでロッカーに入れ、代わりにバッグを取り出した。コートを着て、バッグを肩に掛け、店に戻る。

「あれ」

 和輝の姿がない。

「外で待ってるって」と、店長がレジを打ちながら、小声で言った。

 袋詰めを手伝おうかと思ったが、店長に小さく手で払う仕草をされてしまった。

「お疲れ」

「お疲れさまでした」

 ペコッと頭を下げて、私は店を出た。

 和輝は店の脇で、通りの向こうを眺めていた。両手をコートのポケットに突っ込んで、真っ直ぐ立つ姿は、二十年前の私が憧れたまま。

 かつて、恋人と暮らしたマンションを見て、夫は何を思うのか。

「懐かしい?」

 声をかけると、夫はハッとした表情で私を見た。

「いや……。お疲れ」

「ん。どうしたの? 急に」

 そう言いながら、私は駅に向かって歩き出した。夫もその後に続き、すぐに横に並んだ。

 チラチラと雪が舞い始める。

「気を遣わせたな」

「店長? 大丈夫。平日の昼間なんて、私一人のこともあるし」

「店長と……親しいんだな」

「私がアルバイトしてる頃は小学生だったから、弟みたいなものね」

「そんなに前から……」

 話したことは、ある。

 まだ結婚する前だったかもしれない。復職する時だったかもしれない。

 その時の和輝にはきっと、記憶に留めておくほどの情報ではなかったのだろう。

「広田のこと――」

 いきなり彼女の名前が出て、聞き間違いではないかと夫を見上げた。

 彼は、両手をポケットに突っこんだまま、チラリと私を見た。

「――ちゃんと話したい」



 ちゃんと、って?



「仕事での付き合い以外に、何かあるの?」

 ずるい聞き方をした。

 だって、聞きたくない。

「ないよ」

「なら、それでいいじゃない」

「良くないだろ」

「なんで?」

「良くないから、黙ってたんじゃないのか」

 珍しく、厳しい口調。

 夫は口数の多い人じゃない。

 だから、発する言葉は彼にとって大事なこと。

 それはつまり、和輝は私に、広田さんとのことを聞いて欲しいと思っているということ。

「いいって……言ってるのに」

 暗に聞きたくないと伝えてみるが、夫の表情は変わらない。

「やましいことはない。だけど、お母さんを嫌な気持ちにはさせたろ」

「……」

 認めたくなかった。

 夫を疑ったりしていない。

 だけど、元カノと並ぶ姿に、心を痛めなかったわけじゃない。

 それを認めてしまったら、惨めさが増す。

 夫は誠実な人だ。

 知らずにとはいえ、私を傷つけたままにしておきたくないのだろう。



 誠実すぎても困りものね。



 時に誠実さは、自己満足にしかならない。

 要は、夫自身が嫌なのだ。

 後ろめたさを感じたままでいたくない。

「スーパーに寄るから、先に帰っててもいいよ?」

「一緒に行くよ」



 逞しくもなるわよ……。



 夫の自己満足のために、聞きたくもない話に耐えるのだから。

 耐えて、納得して、忘れたフリをする。



 そりゃ、逞しくもなるじゃない……。



 妻が逞しいこと。

 きっとそれが、家庭円満の秘訣だ。
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