時価数億円の血脈
パリン、と彼は持っていたマグカップを落とした。彼は生気を失った顔でこちらを向いていた。拭こうと立ち上がると、彼は近づいてきた。泣きそうな顔で、震えていた。
「誰かにいわれたんですか」
「いや、だって宝石っていうくらいだし…」
「そんな言葉ききたくない」
なんでそんなこと言うんですか、と私を抱きしめた。私は抱きしめ返すことができなかった。関節が曲がり切らなかったというのもあるが、欲以外の感情で人の琴線に触れるような抱きしめられ方をしたのは初めてだったからだ。人はこんなに温かかったのか。私が普段抱いている男たちと違うのはなぜなんだろう。
「たしかに、売れます。時価で数億で。でもそれは人の心を失っている人間が買うのです」
なら、私も人の心を失っている売り手ということだ。
人の倫理と本能に付けこもうとしているのだから。