あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
38.杏子の受難
(何でこんなことになっちゃったんだろう……)

 幼少期をともに過ごした屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)との見合い話がダメになって、気持ちを切り替えるためにもしばらくは仕事に専念しようと気合を入れたばかりだったのに。

 美住(みすみ)杏子(あんず)はこちらを見てはひそひそ話をしたりクスクスと忍び笑いを漏らす同僚たちを見て、小さく吐息を落とした。


「ねぇ、あの子にだけお菓子あげないのは可哀想だよぉー」
 一見杏子を気遣っているように告げられたセリフも、実際はそうじゃないことを杏子はイヤになるくらい知っている。

 だって――。

「もぉー、古田さんってば忘れたの? あの子、安井さんの彼氏に色目使った上、怪我させちゃうような人よ? そんな子にお情けなんて必要ないでしょう?」

「それもそうね。木坂さん、思い出させてくれて有難う。私、安井さんを裏切るところだったわぁー。ホント、人畜無害そうな顔して怖い怖ぁーい」

 古田さんが最初、わざとらしく杏子を気遣うような言葉をこちらにも聞こえるような声音で告げてきたのは、木坂さんからのセリフを引き出すための布石に過ぎなかった。古田さん・木坂さんともに安井さんの取り巻きなのだから当然だ。


***


 営業課のエースと評されている笹尾(ささお)雄介(ゆうすけ)から内線電話で『経費のことで相談したいことがある』と呼び出されたのは昨日の昼休みのことだった。

 経理課所属の杏子(あんず)は、少し前に笹尾からの出張に関する経費の精算をしていたから、てっきりそれに何か問題でもあったのかな? と思ったのだが。
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