あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
『ごめんね、美住(みすみ)さん。ちょっとフロア内では話し辛いことだからさ。悪いけど十三時(昼休み明け)に三階の踊り場で待っていて欲しいんだ。いいかな?』

 そんな提案を鵜吞みにして昼食後、人通りの少ない踊り場で待っていたら、《《十三時を五分ばかり過ぎて来た》》笹尾(ささお)に突然抱き締められた。

「あ、あのっ。笹尾さんっ!?」

「俺さ、美住さんのことずっといいなって思ってたんだよね。大人しいし、男を立ててくれるし。でさ、今日たまたま営業先で小耳にはさんだんだけど……美住さん、《《見合い》》、《《相手から断られた》》みたいじゃん? 見合いしようと思ってたってことは男が欲しいって気持ちはあるんでしょう? だったら……俺と、どう?」

 約束の時間に遅れて来たことへの謝罪もなく、本当に突然。
 じっとりと耳に吹き込まれるようにささやかれた笹尾のその言葉にゾワリと悪寒が走る。

 そういえば笹尾の取引先には父親の勤め先もあった。もしかしたらそこで父から何か聞いたのかも知れない。

「でもっ、笹尾さんには安井さんが……」

「ああ、そんなこと」

 杏子(あんず)の言葉に笹尾がクスッと笑う気配がした。

「気にしなくていいよ? 亜矢奈(あやな)はさぁ、見た目はいいんだけど気が強すぎてちょっと嫌気がさしてきてたんだよね。美住さんが俺を選んでくれるって言うならアイツとは別れるよ? どう? 悪い条件じゃないだろ?」

 余りのセリフに杏子が二の句を継げずに閉口していたら、それを承諾と受け取ったらしい笹尾の手が胸へと伸びてきた。そのことにハッとして、嫌悪感一杯。「放して!」と思い切り藻掻(もが)いたら、階段の(きわ)にいたからだろう。バランスを崩した笹尾が階段から落ちてしまった。
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