あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
美住(みすみ)さん、ちょっと……」

 上司の中村経理課長から小会議室へ呼び出された杏子(あんず)は、きっともっと良くない状況になるんだろうなと覚悟を決めた。


***


美住(みすみ)さん、先日の笹尾(ささお)くんとの件でみんなとギクシャクしてるみたいだけど……平気?」

 てっきり噂のことについて責められるんだと思っていた杏子(あんず)は、(いたわ)わるように投げかけられた中村課長の言葉に、逆に戸惑って反応が遅れてしまった。

 落ちた段数は笹尾(ささお)雄介(ゆうすけ)の方が多かったが、「笹尾くんは背中や腕、脚などに青あざが出来た程度だったみたいだよ。だからそこに関してはそんなに気を病まなくてもいい」と課長から聞かされて、杏子はぼんやりと思ったのだ。(結局は歩くのもままならない自分の方が、身も心も痛手を負ってしまっているのかな?)と。

「あ、あの……」

 世渡り上手で人気者の笹尾雄介と、その彼女で美人の安井(やすい)亜矢奈(あやな)に敵視された杏子は、ハッキリ言って針の(むしろ)状態。杏子の必死の訴えを信じてくれるような人は一人もいなかったし、今まで仲良くしてくれていた同僚たちも、安井たちに睨まれることを恐れてか、話しかけてくれなくなった。

 杏子は、今日のランチも一人寂しく食べたのだ。

 だから、だったのかも知れない。

 不意に投げかけられた自分を気遣ってくれるような言葉に、杏子がつい(すが)るような視線を投げかけてしまったのは。

「ねぇ、美住さん。キミが《《そのつもり》》なら、私も便宜(べんぎ)をはかってあげられるんだけど、どうかな?」

 いきなり距離を縮められて、不意に肩へ手を載せられた杏子は、捻挫(ねんざ)した足の痛みも手伝ってふらりとよろけた。

 そんな杏子の腰を、「おっと危ない」と言いながらグイッと引き寄せてきた中村課長に、杏子は訳が分からず瞳を見開いた。

「あ、あの……課長? 私、もう大丈夫……なので」

 言って、そっと中村課長から離れようとしたのに、腕を緩めてくれる気配がないのは何故だろう?
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