あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
「――ってことがあったの」

 羽理(うり)大葉(たいよう)の左手薬指に光る、〝結婚指輪ですか?〟というシンプルなペアリングを目ざとく見つけた法忍(ほうにん)仁子(じんこ)から、「ちょっと羽理! それ、部長とお揃いだよね? 詳しく聞かせなさい!」とニヤニヤしながら言われて、羽理は観念して昨日あった出来事を語った。

 いきなり、ちゃんとした指輪たちが出来るまでの間を繋ぐ、仮初(かりそめ)のペアリングを買いに行くぞと騒ぎ始めた大葉(たいよう)に、仮ならシルバーでいいと言い張った羽理だったのだけれど。「そんな安っぽいのじゃ信憑性(しんぴょうせい)に欠けるだろーが!」と大葉(たいよう)がごねて、プラチナにすると主張した。

 それを何とかお互いに歩み寄る形で24Kゴールド(18Kと24Kでまた揉めて、結局羽理が折れた)にしたのだが、それにしたってペアで十万円以上近くしたのを思うと、とても仮のものだと思えなくて羽理はとっても困っている。


「やだ、屋久蓑(やくみの)部長、やるじゃん」

 だけど仁子は羽理の言葉を聞くなり大葉(たいよう)の独占欲を誉めそやしてはしゃいだ。

 あまりに仁子が騒いだからだろうか。

 倍相(ばいしょう)課長からチラリと視線を送られた羽理は、仁子に「仕事しよう?」と(うなが)した。

 だが結局仁子は倍相(ばいしょう)課長から呼ばれてしまい「きゃー、絶対叱られるー!」と言いながら課長とともにフロアを出て行ってしまう。

 そんな二人を見送りながら、羽理はもしかしたら倍相(ばいしょう)課長自身の退職について告げるための呼び出しじゃないかな? と考えて……ちょっぴり寂しくなった。

 だって、ちょっと注意するだけならこのフロアででも出来るはずだと思ったから。


***


 ややして戻ってきた仁子(じんこ)が泣きそうな顔をしているのを見て、羽理(うり)は慌ててしまった。

「仁子?」

 ソワソワと声を掛けたら「次は羽理の番だって……」と吐息まじりに小会議室の方を指さされる。

 唇を噛み締めている仁子の様子に、羽理は(やっぱりそうなんだ)と覚悟を決めて倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)の待つ小会議室へと足を向けた。


大葉(たいよう)さんから聞いてる?」

 プライベートならともかく、社内で大葉(たいよう)のことを役職名ではなく〝大葉(たいよう)さん〟と称したことで、羽理は岳斗の心情を察した。

 コクッと(うなず)いたら、「そっか」とどこか寂しげに微笑まれる。

「理由も?」

 倍相(ばいしょう)課長の問いかけに、詳しくは聞かされていないと首を振ったら、「僕にもね、やっと本気で守りたいって思える女性(ひと)が出来たんだ」と見たことのない笑顔を向けられた。

 それは今まで羽理が見てきた倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)の笑顔は全て作り物だったのかな? と気付かされるのに十分な心からの笑顔で――。

美住(みすみ)杏子(あんず)さん……?」

 羽理は半ば無意識に、相手の名前をフルネームで言ってしまっていた。

 岳斗はその言葉を否定することなく誇らしげに肯定すると、
「そう。杏子ちゃん。彼女を守るために、僕も覚悟を決めなきゃいけなくなっちゃってね」

 生い立ちも含めて、自分は『はなみやこ』グループの跡取り息子なのだと告白してくれた。
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