あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 倍相(ばいしょう)課長が自分と同じように婚外子だったことにも驚かされた羽理(うり)だったけれど、彼の話は例え片親とはいえ実の母から愛されてここまで立派に育て上げてもらった自分とは比べものにならないくらい大変なものだったのだと思い知らされた。

 結局のところ倍相(ばいしょう)課長は、決死の覚悟で決別した実の父親に再度絡め取られることを選択してでも、美住(みすみ)さんを守ろうとしたのだと知った羽理は、ポロポロと涙を落とした。

法忍(ほうにん)さんには一身上の都合で土恵(ここ)を辞めなきゃいけなくなったとしか話してないんだ。だから申し訳ないんだけどこのことは荒木(あらき)さんと大葉(たいよう)さんと僕だけの秘密にしてもらえると嬉しいなって思うんだけど……いいかな?」

 ポケットティッシュを差し出しながら、問い掛けてきた倍相(ばいしょう)課長に、羽理は「大葉(たいよう)も……倍相(ばいしょう)か、ちょ、の生い立ちのこととか、知ってる、んですか?」と聞いていた。

「うん、大葉(たいよう)さんとはこうなる前に色々あって僕のバックボーンを話さなきゃいけなかったんだ。だから今回の退職についても大葉(たいよう)さんだけはいま荒木さんに話したのと同じ内容を把握してくれてる」

 その答えに、羽理はちょっとだけホッとしたのだ。

 倍相(ばいしょう)課長から聞かされた内容は一人で抱えるには重過ぎて。でも仁子には話せないと知ってしんどかったから。

 話す話さないは別にしても、同じ情報を大葉(たいよう)と共有できていると思えるだけで心が随分と救われた。

 その上で思ったのだ。

(ここまでしたのだから、倍相(ばいしょう)課長の恋も自分たちみたいに報われて欲しいな)
 と。

 そこでふとあることを思い出した羽理(うり)は、
「ちょっと待っていてください」
 そう言い置いて、自席へ駆け戻った。

「羽理?」

 目を真っ赤にした仁子に一度だけコクッと(うなず)いてみせると、羽理はカバンの中から財布を乱暴に取り出した。

 それを手に会議室へ戻るなり、「荒木(あらき)さん?」と小首を(かし)げる倍相(ばいしょう)課長の前で、ゴソゴソと財布に取り付けられた飾りを外す。

倍相(ばいしょう)課長……あの、これ……」

 そうして差し出した羽理の手には、つい先日大葉(たいよう)から返してもらってペアになったばかりの居間猫(いまねこ)神社の縁結びのお守りが乗っかっていた。


***


「勝手にごめんなさい」

 大葉(たいよう)の顔を見るなりガバッと頭を下げて、倍相(ばいしょう)課長へ二人の仲を取り持ってくれたお守りをあげたのだと話した羽理(うり)に、大葉(たいよう)はどこか納得がいったように「あー、それでか」とつぶやいた。

大葉(たいよう)?」

 もしやあのお守りを手放したことで早くも何か災いが!? とソワソワした羽理に、大葉(たいよう)がどこか照れくさそうに猫のキーホルダーを差し出した。

「あの、これ……」

 もしやいきなり渡されてつい受け取ってしまったものの、実は迷惑で。でも羽理(うり)に直接返せなかった倍相(ばいしょう)課長が、大葉(たいよう)へお守りを差し戻してきたのかと思った羽理だったのだけれど……。

 よく見ると、慣れ親しんだものとはちょっぴりデザインが違っていた。

岳斗(がくと)から渡された。お前から縁結びのお守りをもらったから、代わりにコレを俺らにって」

 どうやらお守りのトレードを提案されたらしい。

 何故かギュッと握ったままそのお守りを手放してくれない大葉(たいよう)に、「あの……?」と小首を傾げたら、「えっと、これ、岳斗たちにはまだ《《早かった》》らしくてな。それで……、その、俺たちにってことだったんだが……」と、どこか煮え切らない。

「どういう意味ですか? 見せてくれなきゃ分かんないです」

 言って、羽理が大葉(たいよう)からそのお守りを取り上げたら、夢中になるあまり、大葉(たいよう)を押し倒してしまっていた。

 だが、今はそんなことどうだっていいと思ってしまった羽理は、大葉(たいよう)の上へ馬乗りになったまま、やっとのことで大葉(たいよう)の手から奪い取ったお守りへと視線を落として――。

「え? 何これ……。《《子宝》》……祈願?」

 書かれた文字を読んだ羽理は、自分が組み敷く形になった大葉(たいよう)を見下ろして真っ赤になる。

「俺はいつでも構わないぞ?」

 下から大葉(たいよう)にグッと腰を抱えられて、羽理は「私達にもまだ早いです~!」と叫んでいた。
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