あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
あと少し比率が上がれば三分の一超で、株主総会の特別決議を単独で否決できる権利を有することが出来るのだが、さすがにそこまでは息子に権利を持たせるつもりはなかったんだろう。そこに至らないギリギリなラインの持ち株比率にされていることが、あの男の手のひらの上で踊らされているようで腹立たしかった。
「実は僕もね、『はなみやこ』の株の七%を保有してるんだよね」
「え?」
「僕はね、キミがうちの社に残ってくれるというなら、それを全部倍相くんに特別ボーナスとして譲渡してもいいと思ってるんだ」
「ですがそんなことを勝手にするのは……」
「調べてみたんだけどね、『はなみやこ』には株の名義変更を取締役会の承認事項とする定款はないみたいなんだよね。ってことは……株式の譲渡は株主の任意ってことだ。勝手にやっても何の問題もないよ?」
岳斗の懸念をサラリと跳ねのけて、土井社長がニヤリと笑う。
「僕のを合わせたら、キミの持ち株比率は『はなみやこ』の中で三分の一を超えるんじゃない?」
土井社長が有していた株と、自分が持っていた株を合計すれば三十五パーセントの持ち株比率を越えることを花京院岳史が気付かなかったわけがない。
だからこそ、今まで岳斗は土恵商事にいることが分かっていても、父親から手出しされなかったのだ。
花京院岳史が息子の取り込みに動いたのは、岳斗がそのことに気付かず土恵商事を離れようとしたからだったのだと気が付いて、岳斗は呆然と土井社長の顔を見詰めた。
そうしているうちに、自然と涙がポロリと頬を伝って、岳斗は慌てて顔をうつむけた。
その上でふと思ったのだ。あの狡猾な男が、土井社長と自分の持ち株比率を知っていながら、株の名義変更を取締役会に掛けなくてもいいままにしていたというのは余りにもお粗末じゃないか? と。
「そうそう。倍相くん。キミは継母に助けられたんだよ」
「え?」
(どうしてここで花京院麻由の話が出てくるんだろう?)
そう思って岳斗が首をひねったと同時、「名義変更を取締役会の承認事項にすることを頑なに拒んだの、どうやら彼女だったみたいだよ?」と聞かされて、(何故そんなことを?)と思ったのだが。
「彼女自身が『はなみやこ』での力を付けたかったんじゃないかな?」
実際、自分も花京院麻由から株を売って欲しいと持ち掛けられたのだと土井恵介が笑った。
「あとはそうだな。……きっと旦那さんがそれをしたがっていたから、単に邪魔したかったって言うのもあるんじゃない?」
花京院岳史が独断で動こうとするときは、大抵自分とは血の繋がりのない跡取り息子を取り込むためだと知っていた麻由が、それを敏感に察知して抵抗したというのは大いに考えられる。
とにかく麻由は岳斗が『はなみやこ』を継ぐことを嫌がっていたからだ。
あの男は何だかんだ言って、隠し子という負い目があったからか、麻由に対しては事なかれ主義を貫いて、余り強く出ないところがあったのを思い出した岳斗である。
自分が花京院の姓に組み込まれず、実母の姓・倍相のままでいられたのも継母が反対してくれたお陰だ。
子供の頃はあの女に散々苦しめられてきた岳斗だったけれど、憎まれていることが役立つこともあるのだと、何となく可笑しくなってしまった。
「社長、僕は……お申し出に甘えさせていただいてもよろしいのでしょうか?」
土恵商事にいる限り、父親の魔の手から守られると言うのなら、ここを出ることにメリットなんてない。
「そうして欲しくて提案したんだけどな?」
退職願まで出しておきながら手のひら返しをするみたいで、結構恥ずかしい。この場にいる荒木羽理はともかく、退職する意向を伝えた法忍仁子へどう説明しよう? とか考えたら結構ハードルが高い気さえする。だが、今はそんなことを考えられることすら嬉しく思えるから不思議だ。
「有難うございます。もちろん、社長のお手持ちの株は買い取らせて頂きますので」
安い買い物ではないけれど、杏子と自分の未来のために使うのだと思えば何てことのない額に思えた。幸い蓄えは結構たっぷりある。
「あれ? 僕、言わなかったっけ? 特別ボーナスだからお金は要らないよ? って」
「ですが――」
「倍相くん、キミほどうちの財務経理課のことを考えてくれている社員はいないと思うんだ。僕はキミが残ってくれるだけで充分それだけの価値があると思ってるんだけどな? ――まぁ、それでもどうしても気になるっていうのなら……」
土井恵介は、そこで一旦言葉を区切って岳斗の手をギュッと握ると、
「仕事で貢献して返して、出世払いして?」
そう言って微笑んだ。
***
「さて、荒木さん。話が宙ぶらりんのまま、待たせたね」
岳斗との話が付いたことでこちらを向き直った土井社長にじっと見詰められて、羽理はキュッと縮こまった。
そんな羽理の手をすぐそばから大葉がふんわり包み込んで落ち着かせてくれる。
「《《伯父さん》》、話の内容次第じゃあ俺、母さんに相談しますから」
「ちょっ、《《たいちゃん》》それは穏やかじゃないよ?」
伯父の土井恵介が大葉の母親で、恵介の実妹・屋久蓑果恵に滅法弱いことは知っている。
先日だって妹の逆鱗に触れて彼女の自宅への接近禁止令が出されていて酷く落ち込んでいた。恵介伯父が、果恵にそれを解除してもらうために、甥っ子の大葉と羽理を自宅に招いたのは記憶に新しいところだ。
母のことを持ち出すとか公私混同も甚だしいと自分でも思った大葉だったけれど、羽理のためだと思えばそんな綺麗ごとなんか言っていられない。
ほんの数日前に急遽用意した仮初のペアリングをはめた羽理の左手薬指を意識しながら、大葉は恵介伯父を睨みつけた。
「……さ、さすがに二人にとって悪い話じゃないと思うから……そんなに睨まないで?」
社長としてというより、伯父としての側面を見せながら苦笑した恵介伯父に、大葉はひとまず視線を緩めた。
恵介は屋久蓑家の三姉妹弟の中で一番妹に似た甥っ子の大葉から嫌な顔をされるのを、すごく嫌う。大葉が表情を少し和らげたことでホッと肩の力を抜くと、恵介は改めて居住まいを正した。
「実は僕もね、『はなみやこ』の株の七%を保有してるんだよね」
「え?」
「僕はね、キミがうちの社に残ってくれるというなら、それを全部倍相くんに特別ボーナスとして譲渡してもいいと思ってるんだ」
「ですがそんなことを勝手にするのは……」
「調べてみたんだけどね、『はなみやこ』には株の名義変更を取締役会の承認事項とする定款はないみたいなんだよね。ってことは……株式の譲渡は株主の任意ってことだ。勝手にやっても何の問題もないよ?」
岳斗の懸念をサラリと跳ねのけて、土井社長がニヤリと笑う。
「僕のを合わせたら、キミの持ち株比率は『はなみやこ』の中で三分の一を超えるんじゃない?」
土井社長が有していた株と、自分が持っていた株を合計すれば三十五パーセントの持ち株比率を越えることを花京院岳史が気付かなかったわけがない。
だからこそ、今まで岳斗は土恵商事にいることが分かっていても、父親から手出しされなかったのだ。
花京院岳史が息子の取り込みに動いたのは、岳斗がそのことに気付かず土恵商事を離れようとしたからだったのだと気が付いて、岳斗は呆然と土井社長の顔を見詰めた。
そうしているうちに、自然と涙がポロリと頬を伝って、岳斗は慌てて顔をうつむけた。
その上でふと思ったのだ。あの狡猾な男が、土井社長と自分の持ち株比率を知っていながら、株の名義変更を取締役会に掛けなくてもいいままにしていたというのは余りにもお粗末じゃないか? と。
「そうそう。倍相くん。キミは継母に助けられたんだよ」
「え?」
(どうしてここで花京院麻由の話が出てくるんだろう?)
そう思って岳斗が首をひねったと同時、「名義変更を取締役会の承認事項にすることを頑なに拒んだの、どうやら彼女だったみたいだよ?」と聞かされて、(何故そんなことを?)と思ったのだが。
「彼女自身が『はなみやこ』での力を付けたかったんじゃないかな?」
実際、自分も花京院麻由から株を売って欲しいと持ち掛けられたのだと土井恵介が笑った。
「あとはそうだな。……きっと旦那さんがそれをしたがっていたから、単に邪魔したかったって言うのもあるんじゃない?」
花京院岳史が独断で動こうとするときは、大抵自分とは血の繋がりのない跡取り息子を取り込むためだと知っていた麻由が、それを敏感に察知して抵抗したというのは大いに考えられる。
とにかく麻由は岳斗が『はなみやこ』を継ぐことを嫌がっていたからだ。
あの男は何だかんだ言って、隠し子という負い目があったからか、麻由に対しては事なかれ主義を貫いて、余り強く出ないところがあったのを思い出した岳斗である。
自分が花京院の姓に組み込まれず、実母の姓・倍相のままでいられたのも継母が反対してくれたお陰だ。
子供の頃はあの女に散々苦しめられてきた岳斗だったけれど、憎まれていることが役立つこともあるのだと、何となく可笑しくなってしまった。
「社長、僕は……お申し出に甘えさせていただいてもよろしいのでしょうか?」
土恵商事にいる限り、父親の魔の手から守られると言うのなら、ここを出ることにメリットなんてない。
「そうして欲しくて提案したんだけどな?」
退職願まで出しておきながら手のひら返しをするみたいで、結構恥ずかしい。この場にいる荒木羽理はともかく、退職する意向を伝えた法忍仁子へどう説明しよう? とか考えたら結構ハードルが高い気さえする。だが、今はそんなことを考えられることすら嬉しく思えるから不思議だ。
「有難うございます。もちろん、社長のお手持ちの株は買い取らせて頂きますので」
安い買い物ではないけれど、杏子と自分の未来のために使うのだと思えば何てことのない額に思えた。幸い蓄えは結構たっぷりある。
「あれ? 僕、言わなかったっけ? 特別ボーナスだからお金は要らないよ? って」
「ですが――」
「倍相くん、キミほどうちの財務経理課のことを考えてくれている社員はいないと思うんだ。僕はキミが残ってくれるだけで充分それだけの価値があると思ってるんだけどな? ――まぁ、それでもどうしても気になるっていうのなら……」
土井恵介は、そこで一旦言葉を区切って岳斗の手をギュッと握ると、
「仕事で貢献して返して、出世払いして?」
そう言って微笑んだ。
***
「さて、荒木さん。話が宙ぶらりんのまま、待たせたね」
岳斗との話が付いたことでこちらを向き直った土井社長にじっと見詰められて、羽理はキュッと縮こまった。
そんな羽理の手をすぐそばから大葉がふんわり包み込んで落ち着かせてくれる。
「《《伯父さん》》、話の内容次第じゃあ俺、母さんに相談しますから」
「ちょっ、《《たいちゃん》》それは穏やかじゃないよ?」
伯父の土井恵介が大葉の母親で、恵介の実妹・屋久蓑果恵に滅法弱いことは知っている。
先日だって妹の逆鱗に触れて彼女の自宅への接近禁止令が出されていて酷く落ち込んでいた。恵介伯父が、果恵にそれを解除してもらうために、甥っ子の大葉と羽理を自宅に招いたのは記憶に新しいところだ。
母のことを持ち出すとか公私混同も甚だしいと自分でも思った大葉だったけれど、羽理のためだと思えばそんな綺麗ごとなんか言っていられない。
ほんの数日前に急遽用意した仮初のペアリングをはめた羽理の左手薬指を意識しながら、大葉は恵介伯父を睨みつけた。
「……さ、さすがに二人にとって悪い話じゃないと思うから……そんなに睨まないで?」
社長としてというより、伯父としての側面を見せながら苦笑した恵介伯父に、大葉はひとまず視線を緩めた。
恵介は屋久蓑家の三姉妹弟の中で一番妹に似た甥っ子の大葉から嫌な顔をされるのを、すごく嫌う。大葉が表情を少し和らげたことでホッと肩の力を抜くと、恵介は改めて居住まいを正した。