あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
「たいちゃんには予定通り副社長になってもらうってさっき話したよね?」
「はい。……まだお受けするとは答えてませんけど……」
「もうたいちゃんは意地悪だなぁ。倍相くんが財務経理課へ残ることになったんだから断る理由はないでしょうに」
「まぁ……それはそう、です、けど……」
まるで羽理を置いてフロアを移動するのがイヤだと言わんばかりの大葉の不満顔を無視して、恵介が続ける。
「たいちゃんが昇格することで空く、総務部長の席には別の支社から引き抜き予定があるんだ」
そこまで言って、恵介はちらりと羽理を見詰めた。
「で、さっき話した通り、財務経理課には美住杏子さんが入る予定だ。彼女はよその会社で経理課に在籍していたようだから、即戦力になってくれるだろうし、問題ないと思う。そこで、だ――」
いよいよ羽理の進退についての話だと察した大葉からじっと見詰められて、恵介はゴホゴホと咳ばらいをすると、
「あ、荒木さんには内助の功っていうのかな。副社長になるたいちゃんのサポートをしてもらいたいって思ってるんだけどね」
そこまで言ってから、「けど……」と言葉を濁した。
「けど?」
大葉の低められた声に苦笑すると恵介が続ける。
「荒木さん自身も分かってるだろうけど……今のままじゃ能力不足で到底たいちゃんのサポート役なんて務まらない。そう思わない?」
土井恵介からじっと見詰められた羽理は、恐る恐るといった具合にコクッとうなずいた。
「そこで――だ。荒木さんには三ヶ月ほど我が社を離れて《《ここ》》へ行ってもらおうと思ってるんだ」
土井社長からの提案に、羽理は瞳を見開いた。
***
「羽理、いなくなっちゃうの?」
倍相課長から呼び出されて、退職はなくなったと聞かされて喜んだのも束の間、今度は仲良くしている同僚の荒木羽理から「財務経理課を去ることになったの」と聞かされて、法忍仁子は上司がいなくなると聞かされたときよりも何倍も悲しくなった。
「うん……。三ヶ月ほど、よその会社へ出向することになっちゃって……」
「三ヶ月経ったら戻ってくるのよね!?」
「……か、会社には戻ってくるんだけど……ここには戻れない……かな……」
もだもだと仁子に説明しながら、羽理は先程土井社長から言われた言葉を思い出していた。
***
「あの……この会社って……」
青果専門に扱う土恵商事とは全くの異業種。事務用機器を手広く商っている『オフィスオール』という社名を聞かされた羽理は、財務経理課でも請求書などでよく見かけるその会社と、土恵とが物品の売買取引以外で何の繋がりがあるんだろうか? とキョトンとした。
「荒木さんはたいちゃんに柚子ちゃんとは別にもう一人、お姉さんがいるのは知ってる?」
「え……? あ、はい。あの、確か……七味さん……でした、よね?」
大葉のご両親や、彼のすぐ上の姉――一羽柚子とは面識がある羽理だったけれど、一番上の姉――味野七味のことは写真でちらりとお見掛けした程度。時折大葉たちの口から話題に上がるのを聞いたことはあるけれど、面識はまだないです……とぼんやり考える。
いきなり社長の口からそんなお義姉さまの名前が出てきて、羽理の頭は疑問符だらけだ。
「荒木さんにはね、その、《《ななちゃんがいる会社》》へ三ヶ月ほど出向してもらおうと思ってるんだ」
「え?」
羽理が思わず間の抜けた声を出したと同時、
「何で羽理が七味んトコへ行かなきゃならないんですか」
大葉が羽理の疑問を代弁してくれる。
「え? 知らないの? ななちゃん、オフィスオールで秘書課のチーフをやってるんだけど」
結局、そこで秘書としてのスキルをみっちり身に着けておいで? ということらしい。
***
役員机上に置かれたノートパソコンから花菱マークのロゴを持つ『はなみやこグループ』のホームページが表示されたタブを落とすと、すぐ下から『コノエ産業』のホームページ、そうしてそれを閉じると『オフィスオール』のホーム画面が表示される。
公開された情報なんてどこも当たり障りのないモノばかり。
『はなみやこ』を率いる花京院岳史ですら、画面上では清廉潔白なやり手リーダーに見えるから不思議だ。
(ま、僕も似たようなものか)
小さく吐息を落とすと、土井恵介は机上に出していた倍相岳斗と荒木羽理の入社時の履歴書が入ったファイルをそっと机の引き出しに仕舞う。
優秀な社員は消耗品ではなく会社の財産だ。
自分はずっとその信念のもと、土恵商事を率いてきたし、社員らのことをそういう目で見守ってきた。
オフィスオール社長は自分の経営理念に近い考えを持っているが、はなみやこやコノエのリーダーとは相容れないだろう。
可愛い甥っ子の屋久蓑大葉にこの会社を引き継ぐとき、彼を支える優秀な社員は一人でも多い方がいい。
そのためならば、自分は少々の無理など大して厭いはしないのだ。
「はい。……まだお受けするとは答えてませんけど……」
「もうたいちゃんは意地悪だなぁ。倍相くんが財務経理課へ残ることになったんだから断る理由はないでしょうに」
「まぁ……それはそう、です、けど……」
まるで羽理を置いてフロアを移動するのがイヤだと言わんばかりの大葉の不満顔を無視して、恵介が続ける。
「たいちゃんが昇格することで空く、総務部長の席には別の支社から引き抜き予定があるんだ」
そこまで言って、恵介はちらりと羽理を見詰めた。
「で、さっき話した通り、財務経理課には美住杏子さんが入る予定だ。彼女はよその会社で経理課に在籍していたようだから、即戦力になってくれるだろうし、問題ないと思う。そこで、だ――」
いよいよ羽理の進退についての話だと察した大葉からじっと見詰められて、恵介はゴホゴホと咳ばらいをすると、
「あ、荒木さんには内助の功っていうのかな。副社長になるたいちゃんのサポートをしてもらいたいって思ってるんだけどね」
そこまで言ってから、「けど……」と言葉を濁した。
「けど?」
大葉の低められた声に苦笑すると恵介が続ける。
「荒木さん自身も分かってるだろうけど……今のままじゃ能力不足で到底たいちゃんのサポート役なんて務まらない。そう思わない?」
土井恵介からじっと見詰められた羽理は、恐る恐るといった具合にコクッとうなずいた。
「そこで――だ。荒木さんには三ヶ月ほど我が社を離れて《《ここ》》へ行ってもらおうと思ってるんだ」
土井社長からの提案に、羽理は瞳を見開いた。
***
「羽理、いなくなっちゃうの?」
倍相課長から呼び出されて、退職はなくなったと聞かされて喜んだのも束の間、今度は仲良くしている同僚の荒木羽理から「財務経理課を去ることになったの」と聞かされて、法忍仁子は上司がいなくなると聞かされたときよりも何倍も悲しくなった。
「うん……。三ヶ月ほど、よその会社へ出向することになっちゃって……」
「三ヶ月経ったら戻ってくるのよね!?」
「……か、会社には戻ってくるんだけど……ここには戻れない……かな……」
もだもだと仁子に説明しながら、羽理は先程土井社長から言われた言葉を思い出していた。
***
「あの……この会社って……」
青果専門に扱う土恵商事とは全くの異業種。事務用機器を手広く商っている『オフィスオール』という社名を聞かされた羽理は、財務経理課でも請求書などでよく見かけるその会社と、土恵とが物品の売買取引以外で何の繋がりがあるんだろうか? とキョトンとした。
「荒木さんはたいちゃんに柚子ちゃんとは別にもう一人、お姉さんがいるのは知ってる?」
「え……? あ、はい。あの、確か……七味さん……でした、よね?」
大葉のご両親や、彼のすぐ上の姉――一羽柚子とは面識がある羽理だったけれど、一番上の姉――味野七味のことは写真でちらりとお見掛けした程度。時折大葉たちの口から話題に上がるのを聞いたことはあるけれど、面識はまだないです……とぼんやり考える。
いきなり社長の口からそんなお義姉さまの名前が出てきて、羽理の頭は疑問符だらけだ。
「荒木さんにはね、その、《《ななちゃんがいる会社》》へ三ヶ月ほど出向してもらおうと思ってるんだ」
「え?」
羽理が思わず間の抜けた声を出したと同時、
「何で羽理が七味んトコへ行かなきゃならないんですか」
大葉が羽理の疑問を代弁してくれる。
「え? 知らないの? ななちゃん、オフィスオールで秘書課のチーフをやってるんだけど」
結局、そこで秘書としてのスキルをみっちり身に着けておいで? ということらしい。
***
役員机上に置かれたノートパソコンから花菱マークのロゴを持つ『はなみやこグループ』のホームページが表示されたタブを落とすと、すぐ下から『コノエ産業』のホームページ、そうしてそれを閉じると『オフィスオール』のホーム画面が表示される。
公開された情報なんてどこも当たり障りのないモノばかり。
『はなみやこ』を率いる花京院岳史ですら、画面上では清廉潔白なやり手リーダーに見えるから不思議だ。
(ま、僕も似たようなものか)
小さく吐息を落とすと、土井恵介は机上に出していた倍相岳斗と荒木羽理の入社時の履歴書が入ったファイルをそっと机の引き出しに仕舞う。
優秀な社員は消耗品ではなく会社の財産だ。
自分はずっとその信念のもと、土恵商事を率いてきたし、社員らのことをそういう目で見守ってきた。
オフィスオール社長は自分の経営理念に近い考えを持っているが、はなみやこやコノエのリーダーとは相容れないだろう。
可愛い甥っ子の屋久蓑大葉にこの会社を引き継ぐとき、彼を支える優秀な社員は一人でも多い方がいい。
そのためならば、自分は少々の無理など大して厭いはしないのだ。