可憐な花は黒魔導士に二度恋をする
プロローグ
 月のない闇夜。
 王都のはずれにある石畳の広場にジャリィィン!という金属のような音が響く。

 四方に陣取った魔導士たちが魔法で編み出した鎖は、中央にいる漆黒の魔物に巻き付きその体躯を拘束した。

 魔物はどうにかしてその鎖から逃れようと身をよじり、耳をつんざく不気味な咆哮をあげながら抵抗し続けている。

 人間の邪な悪意を餌にして成長した魔物――。

 白魔導士であるリナリアの浄化魔法は、闇に染まり切ったこの魔物にはもう効かない。
 手の施しようがなくなる前にどうにかしたかったが、力量が足りなかった。

 いま彼女が出来ることは、渾身の魔力を込めた鎖で魔物を懸命に拘束し続けている黒魔導士たちのサポート役として、魔物の口から咆哮と共に吐き出される黒い毒霧を浄化をしつつ、彼らの魔力が枯渇しないように体力と魔力の持続回復の魔法を途切れることなく詠唱し続けることだけだ。

 東の方向にいるハシェの体が揺れ始めた。
 額にびっしり汗の玉が張り付いているのが見て取れる。

「もう少しだ!耐えろ!」
 北の方向に立つカルス師団長の檄が飛び、ハシェが歯を食いしばって体勢を立て直した。

 リナリアが東の方向へ飛ばす回復魔法の量を調整し直した時、ハインツの長い詠唱が終わった。

 ハインツが石畳に突き立てた銀杖の上に分厚い経典が浮かび、終わりから最初へとページがバラバラ凄い勢いでめくれていく。
 1ページ目までいって表紙が閉じたら術式の完成だ。

 あと少し――。
 
 そこに隙が生じたのかもしれない。
 それとももう限界だったのか。

 東のハシェと南のフレッドの膝が同時にガクンと落ちて魔法の鎖が緩むと同時に魔物がにやりと笑った。

「ダメっ!」
 咄嗟に体が反応して飛び出したリナリアは、魔物を抱きしめた。
 魔物に触れた腕と顔が焼けるように熱いけれど、ここで逃がしてなるものかとさらに腕に力を籠める。

「リナリィ!!」
 ハインツが最愛の人の名を叫んだ時、ようやく経典がパタンと閉じた。

 まばゆい光に包まれながらリナリアは、愛する夫に笑顔を向ける。

 わたしの旦那様は、そんな悲痛な顔すら美しいのね。ずるいわ。
 泣かないで、ハインツ。
 愛しています、ずっと―――。

 
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