愛を秘める
『ガチャッ』
「…やっぱり帰るか?」
たどり着いた、彼のアトリエ。
彼は不安そうにこちらを覗き込む。
「大切な話があるんでしょ。」
小さい一戸建ての建物。
最低限生活できる家具と、
手入れが行き届いたピアノがある。
「で、何。結局はぐらかすから、
話の内容がさっぱりなんだけど。」
おもむろにピアノを奏で始める彼に、
悪態をつきながら音色に耳を澄ませる。
温かくて、優しくて、どこか寂しい。
「真雄の時間を、俺にくれないか。」
静寂が二人を包む。
彼が途中で演奏を止めるなど、
普段ならば有り得ない。
「さっきも聞いた、どういう意味?」
「…高校を卒業したら、どうする。」
防音の壁は彼の固い声を吸い込んだ。
空気の流れのない部屋はまるで、
時が止まったように息苦しい。
「…家を手伝う、弟も赤ん坊だし。」
彼は何も口にしなかった。
でも分かる、言葉にしなくても。
「うちは老舗旅館で見合いがあるし、
美男と結婚、人生イージーよ。」
無性に喉の奥がじりじりと痛む。
続く言葉を飲み込むと視線が絡んだ。
「お前はそれで良いのか。」
「…は。」


