原田くんの赤信号
「ちょっとちょっと、あなた大丈夫?」
ふと上から降ってきた声に、血の通わなくなった顔を必死で起こす。
そこには心配そうな瞳をわたしへ向けてくる、若い女性がひとり。
「なんだか具合悪そうだけど、大丈夫?うずくまっちゃったりして、お腹でも痛いの?」
他人を不安にさせるほど、今のわたしは憔悴しているのだろうか。
糸のようなか細い声で「いいえ」と言ったけれど、彼女はまだ心配そうだった。
「あなた、ここのマンションの人?」
「違います……」
「そう。これから誰かと待ち合わせでもしてるの?」
「してません……」
周りを見渡した彼女は、他に誰もいないことを把握して、「そっか、ひとりかぁ」と呟いた。
「家まで送っていこうか?歩ける?」
「だ、大丈夫です。電車に乗っちゃえばすぐなんでっ」
「本当?遠慮なんかしなくていいのよ?」
「本当です、大丈夫ですっ」
震える足を無理やり立たせて平然を装うと、彼女はほっとしたのか微笑んだ。
「それじゃあ気をつけて帰ってね。急げとは言わないけど、できるなら早足で帰った方がいいかも」
「え?」
「ほら。雷の音、聞こえない?」
彼女の人差し指が上に立つのと同時にゴロゴロと唸り出したのは、今朝とは打って変わって濁ってしまった、灰色の空。
原田くんが持っていたビニール傘が、頭を掠めた。
「雨、降るんですか……?」
唇が、震えていく。
「だって今朝家を出る時は、あんなにいい天気で……」
雲ひとつとしてない青空の下、一体誰がどう、この天気の急変を予想できただろうか。
普通の人ならば、まずできない。
できるのは、変わり者の原田くんだけ。
ガタガタと歯が音を立てる。目の前の彼女は言う。
「ほんとよね、さっきまですっごく晴れてたのに、やになっちゃう。このままだとおそらく降るわよ。だから気をつけて帰ってね」
わたしへ手を振った彼女は、最後に「明日は良い天気らしいけどね」と言い残し、マンションの中へ消えていく。
その瞬間、わたしは包むのは、目には見えない暗闇だった。
ふと上から降ってきた声に、血の通わなくなった顔を必死で起こす。
そこには心配そうな瞳をわたしへ向けてくる、若い女性がひとり。
「なんだか具合悪そうだけど、大丈夫?うずくまっちゃったりして、お腹でも痛いの?」
他人を不安にさせるほど、今のわたしは憔悴しているのだろうか。
糸のようなか細い声で「いいえ」と言ったけれど、彼女はまだ心配そうだった。
「あなた、ここのマンションの人?」
「違います……」
「そう。これから誰かと待ち合わせでもしてるの?」
「してません……」
周りを見渡した彼女は、他に誰もいないことを把握して、「そっか、ひとりかぁ」と呟いた。
「家まで送っていこうか?歩ける?」
「だ、大丈夫です。電車に乗っちゃえばすぐなんでっ」
「本当?遠慮なんかしなくていいのよ?」
「本当です、大丈夫ですっ」
震える足を無理やり立たせて平然を装うと、彼女はほっとしたのか微笑んだ。
「それじゃあ気をつけて帰ってね。急げとは言わないけど、できるなら早足で帰った方がいいかも」
「え?」
「ほら。雷の音、聞こえない?」
彼女の人差し指が上に立つのと同時にゴロゴロと唸り出したのは、今朝とは打って変わって濁ってしまった、灰色の空。
原田くんが持っていたビニール傘が、頭を掠めた。
「雨、降るんですか……?」
唇が、震えていく。
「だって今朝家を出る時は、あんなにいい天気で……」
雲ひとつとしてない青空の下、一体誰がどう、この天気の急変を予想できただろうか。
普通の人ならば、まずできない。
できるのは、変わり者の原田くんだけ。
ガタガタと歯が音を立てる。目の前の彼女は言う。
「ほんとよね、さっきまですっごく晴れてたのに、やになっちゃう。このままだとおそらく降るわよ。だから気をつけて帰ってね」
わたしへ手を振った彼女は、最後に「明日は良い天気らしいけどね」と言い残し、マンションの中へ消えていく。
その瞬間、わたしは包むのは、目には見えない暗闇だった。