原田くんの赤信号
 あれこれと考えている間に、雨は降り始めた。
 雷の恐ろしい音とは真逆に、しとしとと静かに降ってきた。

 わたしはいまだ、軒のあるマンションの下から動けずにいた。
 傘がないから雨がやむのを待っているとか、そんなのではなくて。ただ動けなかったんだ。

「どうしよう……」

 本当に、わたしは今から交通事故にあって死ぬのだろうか。だとすれば、何にひかれるのだろうか。
 バイクか、乗用車か、はたまた大型トラックか。

 やだな、怖い。

 家を出る時、お母さんには何と言ったっけ。「行ってきます」と笑顔で言えたような気もするが、もしかしたら、お母さんの「いってらっしゃい」に対しては、何の反応もしなかったかもしれない。どちらにせよ、あっけない会話だったことには違いない。

 お父さんはまだ寝室で寝ていたし、話せもしなかったな。

 美希ちゃんは今日、何をして過ごすのだろう。昨日一緒にチョコを作ってくれた時には元気そうだったから、体調の心配はない。
 お父さんにはバレンタインチョコをあげられたかな。夕飯後に渡すのだとしたら、まだまだか。
 高校生の娘からもらう手作りチョコレート、きっと喜ぶよ。

「美希ちゃぁん……」

 ポツンと指に落ちたのは、雨粒ではなく、わたしの涙。

「お、お母さぁん……」

 こんなあり得ない話、こんなドラマみたいな話。

「嘘だよねえ、原田くんっ……」

 嘘だって言ってよ原田くん。

 ポツン ポツン。

 涙は次から次へと落ちていく。

 この空想みたいな話が本当ならば、じゃあなんだったんだ、今までの原田くんは。
 何度も何度もわたしを助けようとしてくれて、何度も何度も失敗して、何度も何度も後悔したから、今回もまた必死に、わたしを追いかけてくれていたの?

 同じテストを何度も受けて、同じ試合を何度も観て。

 行かないで、やめて、二月十四日俺といようよって。

 それは全部全部、わたしを救おうとしてくれてたからなの?
 だったら。だとしたら──

 原田くんはちっとも、変な人ではないじゃないか。

 わたしに何十回突き放されても、何十回だってわたしを助けようとしてくれた、優しい人じゃないか。
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