今宵、仮初めを卒業したく。
「奈津、眠れないのか?」

突然の成臣の声にビクっと体を震わす。返事をせずとも起きていることがバレバレで奈津は小さく「はい」と返事をした。

「少し話をしようか?」

言われて奈津は少しだけ顔を後ろに向ける。すると思ったよりも近い位置で、しかも片肘をついて頭を支え僅かに体を起こした成臣と目が合い慌てて目を背けた。

「奈津はなぜ師範学校に進学したいんだ?何か夢でも?」

「いえ、特にこれをというのはありません。ただ勉強が好きなのでもっと知識を得たいですし、教師になるのも悪くないと思います」

「なるほどね」

成臣は納得しつつ、しばし黙る。沈黙が奈津にプレッシャーを与え、暗闇のなか成臣の表情を確認しようと少しだけ顔を向けた。オイルランプの僅かな明かりで見えた成臣の横顔は奈津が思っているよりもずっと凛々しくて、心臓がドクンと高鳴る。

「算術や商法を学んではみないか?」

「え?」

「俺はいろいろなことに手を出しているが、とりわけ今は貿易に力を入れている。そこで働きながら勉強してみないか?」

「働きながら学校へ行けとおっしゃっているのですか?」

「違うよ。俺と一緒に貿易を学ばないかと言っているんだ」

「貿易ですか?」

思わず奈津は体を起こし成臣に対峙する。

「日本は貿易でもっと国を豊かにしなくてはいけない。その手伝いをしてほしいと思っている」

「貿易……舶来品等に関われるのですか?」

「もちろんだ」

「うわぁ、すごい」

奈津のテンションの上がりように成臣はふっと笑みをもらし、

「向上心のあるやつは好きだな」

とさらりと言った。

成臣の言葉を素直に受け取ってしまった奈津は一気に顔を赤くし、目を伏せてまたしずしずと布団に潜り込んでいく。

「えっと、よろしくお願いします」

モゴモゴと呟く奈津に、成臣は人知れず微笑んでいた。
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