精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第51話 アランの個人的な理由

 全身で謝罪と反省を見せる彼女の軽装鎧を軽く叩きながら、落ち着いて欲しくて声をかける。

「ま、マリア、大丈夫だから! とりあえず、す、座りましょう、ね?」
「うっうっ……私としたことが、一生の不覚だわ……もうっ、陛下もタイミングが悪い……」

 私に促されるがまま座ったマリアだけれど、テーブルに肘をついて両手で顔を覆ったまま、ブツブツと呟いている。

 確かにタイミングは悪かったけれど、こればかりは仕方ないわ。
 それに、

「こ、告白の言葉だった確証もないわけだし……」

 もしかするとマリアと同じく、異性としてではなく、人柄やお友達として好きだから、一緒に他国へ逃げてくれるという理由だったかもしれないわけだし、一緒に逃げるといっても、ただ単に、他国に渡った私の生活が落ち着くまで一緒に、という話かもしれないわけで。

 最後まで言葉を聞いていない以上、安易に自分の都合の良い解釈をするわけにはいかない。

 私の呟きを拾ったマリアが、勢いよく顔を上げて、こちらを食い入るように凝視した。その顔にはなぜか、信じられない、という言葉が張り付いているように見える。

 そして少し泣きそうになりながら、私の両手をギュッと握った。

「そこまで言っといて、告白じゃないわけないでしょ、エヴァちゃん!」
「……で、でも、そもそもアランは精霊女王様を見守るために、クロージック家にやってきたんでしょう? なら私に対して抱く気持ちは、感謝とかそういう類いになるんじゃ……」
「それならわざわざ、エルフィーランジュ様とエヴァちゃんを、切り離したような言い方しないわ! そもそもアラン様は、精霊女王様を見守るためにバルバーリに渡ったんじゃ――あっ……」

 明らかに、しまったという表情を浮かべて、右手で口を塞ぐマリア。だけどもちろん、彼女の言葉は私の耳にバッチリ届いている。

 私の手を握っていた彼女の左手を強く握ると、マリアに詰め寄った。

「マリア、どういうこと? アランはルドルフとは別の目的があって、クロージック家にやってきたってことなの?」
「えっと……その……」

 言葉を濁しながら、マリアがそわそわと視線を色んなところに散らしている。なのに、一切私とは目が合わない。私が顔の角度を変えて、マリアと目を合わせようと動いたけれど、彼女と視線が交わることはなかった。

 しばらくそうやって攻防戦を続けていた私たちだったけれど、先に降参したのはマリアだった。

 こんなのじゃ、諜報員失格だわ、とぼやきながら、大きなため息をついて、観念した様子で私と目を合わせた。

「ええ、その通りよ。本来、エヴァちゃんの見守りは、ルドルフ様お一人で充分だったはずなの。だけど……アラン様は個人的な理由で、半ば強引にバルバーリ王国に渡ったのよ」
「個人的な……理由で?」

 そのために王位継承権まで捨てて、クロージック家にやってきたの?

 マリアの左手を逃すまいと掴んでいた私の手から、力が抜ける。だけどマリアの手は、逃げなかった。
 代わりに、真剣な眼差しを私に向ける。

「でも、私が話せるのはここまで。エヴァちゃんに意地悪しているわけじゃないの。これだけは信じて欲しいわ。口を滑らせといてなんだけど、アラン様の個人的な理由を、私が許可なく話すわけにはいかないから」
「そ、そうよね。ごめんなさい……」

 立ち入った事情を聞いたことを謝罪しながら、先ほど、クロージック家にいた理由を聞いたときの彼の様子を思い出していた。

 アランは、私の幸せを見極めるため、とだけ言って、その後の説明をルドルフに託した。
 罪悪感を感じているような表情を浮かべているように感じたけれど、彼の本当の目的が、口にしたそれとは違っていたからかもしれない。

 全部教えてもらったつもりだったけれど、また新たな謎が生まれてしまった。
 だけど、それがアラン個人の問題だと言うのなら、私が首を突っ込む資格はない。

 彼が自ら、語ってくれるまでは――

 胸の奥に、ツンッとした痛みが走った。
 痛みに耐えながら、こちらを見つめるマリアに微笑みかける。

「……アラン、いつかそのことも、私に話してくれるかしら?」

 きっと話してくれるわ。
 そう微笑みを返しながら同意してくれるマリアを、心のどこかで期待していたのだろう。

 だけど、

「……残念だけど、アラン様がそのことについて、エヴァちゃんに話すことは……ないと思うわ」

 彼女の言葉が一瞬理解出来ず、息が止まる。
 そして、 

「そ、っか……」

 理解した私の頭は、ただその一言を吐き出すことしかできなかった。
 
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