精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第88話 本当の婚約者
アランの表情が曇った。
変化に気付いた私は、何があったのかと彼を見上げる。私からの視線に気付いたのか、アランはこちらから視線を逸らすと先ほどとは違い、少し躊躇いがちに口を開いた。
「い、今は、バルバーリ王国からエヴァを守るために、俺の婚約者のフリをしているけれど……もっ、もしエヴァが良ければ……」
アランがここで言葉を切り、大きく息を吸った。
そして気持ちを落ち着かせるように息を吐き出すと、どこか緊張した面持ちで私と真っ直ぐ視線を合わせた。
「俺の……本当の婚約者になって欲しい」
本当の婚約者。
こ、これってつまり……
「将来的に結婚して夫婦になる……ってこと?」
「そうだよ。あっ、で、でもまだ気持ちが通じ合ってすぐだし、は、早まった、よな? すぐが嫌なら、エヴァの心が決まるまで俺は待つから――」
「嫌じゃないっ!」
私の声が、アランの慌てふためいた言葉を遮った。
もう、すぐそうやって予防線張ろうとする!
嫌じゃない。
嫌なわけがない。
だって、ずっとずっと想い続けていた人からのプロポーズなのよ?
私の妄想のなかでは、一人娘がいる状態なのよ⁉
大好きな人と気持ちが通じ合っただけじゃなく、この先ずっと一緒にいられるなんて、私はどれだけ幸せなのだろう。
「だけど、アランのご両親や陛下が許して下さる……かしら? 今の私は、何一つ後ろ盾をもたない人間なのに……」
地位で言えば平民。
恋愛と結婚は違う。
恋愛は当事者の自由だけれど、結婚となると関係してくるものが多くなるのだから。
私の不安を聞いたアランが、小さく吹き出す。
「何一つ後ろ盾をもたない人間? 世界の根幹たる精霊に守られている君が? ふふっ、俺たちからしたら、エヴァほど最強の後ろ盾をもっている人間はいないと思うけど?」
大きな手が私の手を強く握った。自信に満ちあふれた表情で頷く。
「それに安心して? もし許さないって言われたら、家を捨ててでもエヴァと一緒になるつもりだから」
「以前も言ったけれど、あなたの御家族が悲しまれるから、それは駄目!」
「仮の話だよ。でも心配する必要はないよ。大切なのは、エヴァの気持ちだけだ」
手を握った彼の指が、そっと私の手の甲を撫でる。
期待するような瞳が、こちらに向けられる。
「さっきの『嫌じゃない』って言葉が、エヴァの答えだと思っていい?」
私は軽く首を横に振った。
だって……あんな中途半端な言葉を、私の気持ちだなんて思って欲しくはなかったから。
大切なことはちゃんと言葉に――私が伝えたい言葉にしたい。
私はアランの手を握り返すと、瞳を伏せ頭を下げた。
「あなたの申し出を謹んでお受けいたします」
そして頭をあげると、彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、溢れ出る感情のままに微笑んだ。
心に浮かんだ言葉を、声にする。
「私も……いたい。あなたの傍に、ずっと」
あなたが私に、そう願ってくれたように――
アランから、ハッと息を飲む音がした。
きつく結ばれた彼の唇が震え、瞳が今にも泣きそうなくらい細くなっている。僅かに開いた唇の隙間から、小さな声が洩れた。
まるで何かに気付いたかのように。
次の瞬間、先ほど以上の強い力で、身体を抱きしめられていた。
アランの掠れた声が、耳元をくすぐる。
「やっと……やっとだ。君といつまでもともにいられる繋がりを、未来を……やっと取り戻せた。これからもずっと俺の傍で笑っていて、エヴァ。君は……笑顔がとても素敵なんだから」
彼の声と温もりを感じながら、私はそっと瞳を閉じて頷いた。
――というのが、昨晩のことだ。
ああ、全部思い出したら、また恥ずかしくなってきた。
この時間が経ったら恥ずかしさが増すって、ほんとうにどういう理屈なの?
今回の件は、アランからイグニス陛下に報告する予定だ。それを聞き、陛下がどのようなご判断を下すか分からないため、ご判断が出るまでは私たちの関係について秘密にしておこうとなっている。
アランはきっと、いつもと変わらず私に接してくるとは思う。けれど、私は今までどおり彼と接する自信が全くない。
絶対に、陛下が正式なご発表をされるまでに周囲に気付かれてしまう自信しかない。
勘の良いマリアあたりには、一発で気付かれそう。
それにしても、
「婚約者……かぁ……」
枕を横に置くと、天蓋を見つめた。
婚約者になったということは、いずれアランと結婚し、夫婦になるということ。
ヌークルバ関所で夫婦のフリをしていたけれど、まさか現実になろうとは。
あのときの私に言ってあげたい。
まあ絶対に信じないと思うけれど。
当然、夫婦となったら、キス以上のことも――
……だめ。
だめだめだめだめっ!
浮かんだイカガワシイ妄想は、侍女の方が身支度を伝えるために鳴らしたノックの音によってかき消えた。
た、助かった……
妄想に殺されるところだったわ。
いつものように、侍女の方と会話をしながら身支度をしていると、
「エヴァさま、朝食前に失礼いたします。イグニス陛下が話があるとのことで、執務室でお待ちです」
と補佐官の方が伝言にやってこられた。
それも何故か、
「部屋についたら声はかけず、できる限り静かに入ってくるよう、仰せつかっております」
という謎の指示も含めて。
昨日の一件をアランが早速陛下に伝えに行ったんだわ。けれどこの謎の指示は一体どういうこと?
不思議に思いながらも了承すると、私はドキドキしながら廊下に足を踏み出した。
変化に気付いた私は、何があったのかと彼を見上げる。私からの視線に気付いたのか、アランはこちらから視線を逸らすと先ほどとは違い、少し躊躇いがちに口を開いた。
「い、今は、バルバーリ王国からエヴァを守るために、俺の婚約者のフリをしているけれど……もっ、もしエヴァが良ければ……」
アランがここで言葉を切り、大きく息を吸った。
そして気持ちを落ち着かせるように息を吐き出すと、どこか緊張した面持ちで私と真っ直ぐ視線を合わせた。
「俺の……本当の婚約者になって欲しい」
本当の婚約者。
こ、これってつまり……
「将来的に結婚して夫婦になる……ってこと?」
「そうだよ。あっ、で、でもまだ気持ちが通じ合ってすぐだし、は、早まった、よな? すぐが嫌なら、エヴァの心が決まるまで俺は待つから――」
「嫌じゃないっ!」
私の声が、アランの慌てふためいた言葉を遮った。
もう、すぐそうやって予防線張ろうとする!
嫌じゃない。
嫌なわけがない。
だって、ずっとずっと想い続けていた人からのプロポーズなのよ?
私の妄想のなかでは、一人娘がいる状態なのよ⁉
大好きな人と気持ちが通じ合っただけじゃなく、この先ずっと一緒にいられるなんて、私はどれだけ幸せなのだろう。
「だけど、アランのご両親や陛下が許して下さる……かしら? 今の私は、何一つ後ろ盾をもたない人間なのに……」
地位で言えば平民。
恋愛と結婚は違う。
恋愛は当事者の自由だけれど、結婚となると関係してくるものが多くなるのだから。
私の不安を聞いたアランが、小さく吹き出す。
「何一つ後ろ盾をもたない人間? 世界の根幹たる精霊に守られている君が? ふふっ、俺たちからしたら、エヴァほど最強の後ろ盾をもっている人間はいないと思うけど?」
大きな手が私の手を強く握った。自信に満ちあふれた表情で頷く。
「それに安心して? もし許さないって言われたら、家を捨ててでもエヴァと一緒になるつもりだから」
「以前も言ったけれど、あなたの御家族が悲しまれるから、それは駄目!」
「仮の話だよ。でも心配する必要はないよ。大切なのは、エヴァの気持ちだけだ」
手を握った彼の指が、そっと私の手の甲を撫でる。
期待するような瞳が、こちらに向けられる。
「さっきの『嫌じゃない』って言葉が、エヴァの答えだと思っていい?」
私は軽く首を横に振った。
だって……あんな中途半端な言葉を、私の気持ちだなんて思って欲しくはなかったから。
大切なことはちゃんと言葉に――私が伝えたい言葉にしたい。
私はアランの手を握り返すと、瞳を伏せ頭を下げた。
「あなたの申し出を謹んでお受けいたします」
そして頭をあげると、彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、溢れ出る感情のままに微笑んだ。
心に浮かんだ言葉を、声にする。
「私も……いたい。あなたの傍に、ずっと」
あなたが私に、そう願ってくれたように――
アランから、ハッと息を飲む音がした。
きつく結ばれた彼の唇が震え、瞳が今にも泣きそうなくらい細くなっている。僅かに開いた唇の隙間から、小さな声が洩れた。
まるで何かに気付いたかのように。
次の瞬間、先ほど以上の強い力で、身体を抱きしめられていた。
アランの掠れた声が、耳元をくすぐる。
「やっと……やっとだ。君といつまでもともにいられる繋がりを、未来を……やっと取り戻せた。これからもずっと俺の傍で笑っていて、エヴァ。君は……笑顔がとても素敵なんだから」
彼の声と温もりを感じながら、私はそっと瞳を閉じて頷いた。
――というのが、昨晩のことだ。
ああ、全部思い出したら、また恥ずかしくなってきた。
この時間が経ったら恥ずかしさが増すって、ほんとうにどういう理屈なの?
今回の件は、アランからイグニス陛下に報告する予定だ。それを聞き、陛下がどのようなご判断を下すか分からないため、ご判断が出るまでは私たちの関係について秘密にしておこうとなっている。
アランはきっと、いつもと変わらず私に接してくるとは思う。けれど、私は今までどおり彼と接する自信が全くない。
絶対に、陛下が正式なご発表をされるまでに周囲に気付かれてしまう自信しかない。
勘の良いマリアあたりには、一発で気付かれそう。
それにしても、
「婚約者……かぁ……」
枕を横に置くと、天蓋を見つめた。
婚約者になったということは、いずれアランと結婚し、夫婦になるということ。
ヌークルバ関所で夫婦のフリをしていたけれど、まさか現実になろうとは。
あのときの私に言ってあげたい。
まあ絶対に信じないと思うけれど。
当然、夫婦となったら、キス以上のことも――
……だめ。
だめだめだめだめっ!
浮かんだイカガワシイ妄想は、侍女の方が身支度を伝えるために鳴らしたノックの音によってかき消えた。
た、助かった……
妄想に殺されるところだったわ。
いつものように、侍女の方と会話をしながら身支度をしていると、
「エヴァさま、朝食前に失礼いたします。イグニス陛下が話があるとのことで、執務室でお待ちです」
と補佐官の方が伝言にやってこられた。
それも何故か、
「部屋についたら声はかけず、できる限り静かに入ってくるよう、仰せつかっております」
という謎の指示も含めて。
昨日の一件をアランが早速陛下に伝えに行ったんだわ。けれどこの謎の指示は一体どういうこと?
不思議に思いながらも了承すると、私はドキドキしながら廊下に足を踏み出した。