精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第93話 予定調和
存在を再確認するかのように、私を抱きしめる腕に再度力が入ったかと思うと、ふっと緩んだ。
人の目があるかもしれないのに抱きしめられた、さらに意味の分からない発言をされて戸惑っていたけれど、いざ解放されると急に寂しさがこみ上げてくる。
私の両肩を掴みながら優しく身を離すアランを目線で追いながら、胸の前で右手をギュッと握った。
「エヴァ、行こう。朝食までまだ少しだけ時間があるから、部屋まで送るよ」
そう言ってアランが私に向かって手を差し伸べた。
ついさっきまで、落ち込んだり慌てたりしていた人物とは思えないほど、落ち着いている。
私はまだ、先ほどの余韻を引きずってドキドキしているのに……アランだけずるい。
アランだけ一人余裕なの、本当にずるいっ‼
なんだか私だけ一方的に熱烈な愛情を向けているみたいで不安になる。
大丈夫かしら……私とアランがお互いに抱いている気持ちの大きさ、ちゃんと釣り合ってる?
私だけ特大で、アランに引かれたりしない?
だけどそんな不安は、こちらに向けられた彼の優しい微笑みによって消えてしまう。
ルドルフやマリアたちの前で見ることない、少し照れたような、だけど愛情をを惜しみなく溢れさせた特別な笑顔を見ると、どうでもよくなる。
この笑顔が、これからも先ずっと見ることができるのなら。
そしてこの笑顔を見ることができるのが、この先ずっと私だけなら――
彼の微笑みにつられるように私も笑いかえすと、差し伸べられた手を取った。手のひらからじんわりと伝わってくる温もりが、とってもとっても愛しい。
胸の奥が温かくなり、じんわりと全身に伝わっていく。
私たちは手を繋いだまま歩き始めた。
誰ともすれ違うことなく部屋の前につくと、私はアランと向き合いお礼を言った。
「ありがとう、部屋まで送ってくれて。じゃあまた、朝食のときにね?」
「あ、そのことなんだけど……これから人に会わないといけないから遅くなると思う。だから俺のことは気にせず、先に朝食をとってて?」
「そう……なのね、分かったわ」
自然と声色に、残念という気持ちがにじみ出してしまう。
でもアランにだって都合はあるのだから、我が儘は言えない。
「それじゃ、アラン。お仕事、頑張ってね?」
「え、あ、ああ……うん、ありがとう、エヴァ」
少し困ったような笑みを浮かべながら頷いたアランが不意に動いたかと思うと、彼の唇が私の耳元に寄った。
ふわっとした温かい息づかいが耳たぶにかかり、少し笑いを滲ませた声色が鼓膜を揺らす。
「ちなみに俺は、一人目は男の子がいいかな?」
「へっ?」
すぐに言っている意味が理解できず、すぐそばにある彼の方に顔を向けた瞬間、唇同士が触れ合った。
一瞬の出来事だった。
言葉を失っている私に、アランが何事なかったように声をかける。
「じゃあ、また朝食後に」
「う、うん……」
彼の言葉に、ほぼ無意識に頷いた。
だけどそれ以上は何も言えず、立ち去る彼の背中を見送るしかなかった。
アランの姿が、廊下の角を曲がったところで、フッと私は無意識のうちにとめていた息を吐き出した。
キスされた唇が熱をもっている。
触れ合っていた時間はほんの一瞬だったはずなのに、その熱はまるで水面に落ちた水滴のように、大きな波紋となって全身に伝わっていく。
口元を両手で隠しているだけなのに、唇から指先に伝わる熱がすごい。
こ、こんな不意打ちをしてくるなんて……あなたこそ、反則すぎませんか⁉︎
それに、
(一人目は男の子がいいなんて……)
でも私は女の子も欲しい。
ということは子どもは最低二人?
が、頑張らないと……
気合いを込めてグッと両手を握った瞬間、私はブンブンと首を横に振った。
っっっって、何を頑張るつもりなの、私っ‼
何を頑張ろうとしたの、私っ‼
だめだめだめっ!
これ以上考えたら、頭の中が沸騰しちゃって爆発しちゃうっ‼
ほらっ!
今ですら奇声を発したくて喉の奥が震えているし、恥ずかしさが膝に来ちゃってるしっ‼
早く部屋に入らないと。
こんな姿、誰かに見られたら困――
「あなたたち、そんな物陰から、何をしているのですかっ‼」
「きゃぁっ‼」
部屋に入ろうとドアに向かった私の後ろで、侍女長の声と、それに驚く小さな悲鳴が聞こえ、慌てて振り返った。
私の視界に、腰に手を当て、この部屋の先にある像を睨みつける侍女長と、その像から顔を出す侍女が映った。それが合図となったのか、この廊下にある物陰や扉の影から、他の侍女たちが姿を現す。
皆、私のお世話をしてくださっている顔見知りの方達ばかりだ。
え?
どういう状況なの、これ?
侍女長と一緒に、隠れていた侍女の方たちが私の前にやってきた。
一番に見つかった侍女はモジモジしていたけれど、侍女長に睨まれると私の前に進み出た。そして申し訳なさそうに頭を深く下げる。
「も、申し訳ございません、エヴァさま! アラン殿下との二人っきりの時間を邪魔してはならないと思い、咄嗟に身を隠してしまった次第で……」
一人が口を開くと、他の侍女の方たちも次々に謝罪を口にした。
「私も、あまりにもお二人の初々しい会話を楽し――いえ、邪魔してはならないと思い、身を潜めて……」
「私も、純粋すぎるお二人に向かって、気付けば物陰に隠れて手を合わせていて……」
「私もです! 正式に婚約なされたお二人なのに、未だに会話がじれったすぎ――いえ、何でもありません」
ちょ、ちょっと待って!
廊下に誰も人がいないと思っていたけれど、隠れていたから⁉
私たちの会話も行動も、ぜ、全部見られていたってこと⁉
恥ずかしい気持ちもあるけれど、それ以上にまずいという気持ちの方が強い。
だって私たちの関係は、まだ周囲には秘密で――って、あれ?
「ま、待って! 私がアラン殿下の正式な婚約者に内定したこと、その情報はどこから……」
「先ほど陛下より、それぞれ担当業務の長たちに向けて城内通達がありました」
「じょ、じょうない、つう、たつ……?」
「もちろん、フォレスティ国内への正式な発表があるまでは内密にとのことですが、それはそれは上機嫌なご様子で、陛下御自らお伝えになっておられましたよ」
「おめでとうございます、エヴァさま! やっとですね!」
「本当に喜ばしいことです、エヴァさま! ずっと見守っていた私たちも、安心いたしました!」
「エヴァさま、アランさまと末永くお幸せに! ようやく在るべき形に収まってホッとしております!」
侍女長の説明が終わると、周囲にいた侍女の方たちが満面の笑顔を浮かべ、口々に祝福の言葉を贈ってくれた。
皆さんの祝福の言葉は、とても嬉しい。
ありがたいとは思う……のだけれど。
(確か、私たちのことをアランが陛下に伝えたのは、ついさっきのこと……よね?)
ということは、私たちの前から立ち去られた後、その足ですぐに皆さんに伝えに行かれたということ?
国王自らの口で?
それはそれは上機嫌で?
正式な発表は、私の教育が終わるまで待って欲しいと仰っていたのに?
アランも私も、両想いになって浮かれている。
でも一番喜び、浮かれているのは……イグニス陛下なのかもしれない。
それに、もう一つ気になるのは、
(『やっと』とか『安心した』とか……侍女の皆さんの反応が、まるで私とアランが本当の婚約者になることを予想していたかのような……)
皆さん、まるで自分のことにようにとても喜んでくださっている。
祖国を追放された私が、この国の王弟殿下の婚約者になったことを拒絶もせずに祝福してくださることは、本当にありがたい。
だけど普通ならもっとこう……驚きや意外だという反応があってもいいものだと思う。
なのにまるで全てが、予定調和だと言いたげな――
まさか、
(実は私とアランが、すでに両思いだったということに、皆さん気付いてい……た?)
だから、当然の結果として受け入れることが出来たってこと?
……いや、まさか。
まさか……ねぇ?
人の目があるかもしれないのに抱きしめられた、さらに意味の分からない発言をされて戸惑っていたけれど、いざ解放されると急に寂しさがこみ上げてくる。
私の両肩を掴みながら優しく身を離すアランを目線で追いながら、胸の前で右手をギュッと握った。
「エヴァ、行こう。朝食までまだ少しだけ時間があるから、部屋まで送るよ」
そう言ってアランが私に向かって手を差し伸べた。
ついさっきまで、落ち込んだり慌てたりしていた人物とは思えないほど、落ち着いている。
私はまだ、先ほどの余韻を引きずってドキドキしているのに……アランだけずるい。
アランだけ一人余裕なの、本当にずるいっ‼
なんだか私だけ一方的に熱烈な愛情を向けているみたいで不安になる。
大丈夫かしら……私とアランがお互いに抱いている気持ちの大きさ、ちゃんと釣り合ってる?
私だけ特大で、アランに引かれたりしない?
だけどそんな不安は、こちらに向けられた彼の優しい微笑みによって消えてしまう。
ルドルフやマリアたちの前で見ることない、少し照れたような、だけど愛情をを惜しみなく溢れさせた特別な笑顔を見ると、どうでもよくなる。
この笑顔が、これからも先ずっと見ることができるのなら。
そしてこの笑顔を見ることができるのが、この先ずっと私だけなら――
彼の微笑みにつられるように私も笑いかえすと、差し伸べられた手を取った。手のひらからじんわりと伝わってくる温もりが、とってもとっても愛しい。
胸の奥が温かくなり、じんわりと全身に伝わっていく。
私たちは手を繋いだまま歩き始めた。
誰ともすれ違うことなく部屋の前につくと、私はアランと向き合いお礼を言った。
「ありがとう、部屋まで送ってくれて。じゃあまた、朝食のときにね?」
「あ、そのことなんだけど……これから人に会わないといけないから遅くなると思う。だから俺のことは気にせず、先に朝食をとってて?」
「そう……なのね、分かったわ」
自然と声色に、残念という気持ちがにじみ出してしまう。
でもアランにだって都合はあるのだから、我が儘は言えない。
「それじゃ、アラン。お仕事、頑張ってね?」
「え、あ、ああ……うん、ありがとう、エヴァ」
少し困ったような笑みを浮かべながら頷いたアランが不意に動いたかと思うと、彼の唇が私の耳元に寄った。
ふわっとした温かい息づかいが耳たぶにかかり、少し笑いを滲ませた声色が鼓膜を揺らす。
「ちなみに俺は、一人目は男の子がいいかな?」
「へっ?」
すぐに言っている意味が理解できず、すぐそばにある彼の方に顔を向けた瞬間、唇同士が触れ合った。
一瞬の出来事だった。
言葉を失っている私に、アランが何事なかったように声をかける。
「じゃあ、また朝食後に」
「う、うん……」
彼の言葉に、ほぼ無意識に頷いた。
だけどそれ以上は何も言えず、立ち去る彼の背中を見送るしかなかった。
アランの姿が、廊下の角を曲がったところで、フッと私は無意識のうちにとめていた息を吐き出した。
キスされた唇が熱をもっている。
触れ合っていた時間はほんの一瞬だったはずなのに、その熱はまるで水面に落ちた水滴のように、大きな波紋となって全身に伝わっていく。
口元を両手で隠しているだけなのに、唇から指先に伝わる熱がすごい。
こ、こんな不意打ちをしてくるなんて……あなたこそ、反則すぎませんか⁉︎
それに、
(一人目は男の子がいいなんて……)
でも私は女の子も欲しい。
ということは子どもは最低二人?
が、頑張らないと……
気合いを込めてグッと両手を握った瞬間、私はブンブンと首を横に振った。
っっっって、何を頑張るつもりなの、私っ‼
何を頑張ろうとしたの、私っ‼
だめだめだめっ!
これ以上考えたら、頭の中が沸騰しちゃって爆発しちゃうっ‼
ほらっ!
今ですら奇声を発したくて喉の奥が震えているし、恥ずかしさが膝に来ちゃってるしっ‼
早く部屋に入らないと。
こんな姿、誰かに見られたら困――
「あなたたち、そんな物陰から、何をしているのですかっ‼」
「きゃぁっ‼」
部屋に入ろうとドアに向かった私の後ろで、侍女長の声と、それに驚く小さな悲鳴が聞こえ、慌てて振り返った。
私の視界に、腰に手を当て、この部屋の先にある像を睨みつける侍女長と、その像から顔を出す侍女が映った。それが合図となったのか、この廊下にある物陰や扉の影から、他の侍女たちが姿を現す。
皆、私のお世話をしてくださっている顔見知りの方達ばかりだ。
え?
どういう状況なの、これ?
侍女長と一緒に、隠れていた侍女の方たちが私の前にやってきた。
一番に見つかった侍女はモジモジしていたけれど、侍女長に睨まれると私の前に進み出た。そして申し訳なさそうに頭を深く下げる。
「も、申し訳ございません、エヴァさま! アラン殿下との二人っきりの時間を邪魔してはならないと思い、咄嗟に身を隠してしまった次第で……」
一人が口を開くと、他の侍女の方たちも次々に謝罪を口にした。
「私も、あまりにもお二人の初々しい会話を楽し――いえ、邪魔してはならないと思い、身を潜めて……」
「私も、純粋すぎるお二人に向かって、気付けば物陰に隠れて手を合わせていて……」
「私もです! 正式に婚約なされたお二人なのに、未だに会話がじれったすぎ――いえ、何でもありません」
ちょ、ちょっと待って!
廊下に誰も人がいないと思っていたけれど、隠れていたから⁉
私たちの会話も行動も、ぜ、全部見られていたってこと⁉
恥ずかしい気持ちもあるけれど、それ以上にまずいという気持ちの方が強い。
だって私たちの関係は、まだ周囲には秘密で――って、あれ?
「ま、待って! 私がアラン殿下の正式な婚約者に内定したこと、その情報はどこから……」
「先ほど陛下より、それぞれ担当業務の長たちに向けて城内通達がありました」
「じょ、じょうない、つう、たつ……?」
「もちろん、フォレスティ国内への正式な発表があるまでは内密にとのことですが、それはそれは上機嫌なご様子で、陛下御自らお伝えになっておられましたよ」
「おめでとうございます、エヴァさま! やっとですね!」
「本当に喜ばしいことです、エヴァさま! ずっと見守っていた私たちも、安心いたしました!」
「エヴァさま、アランさまと末永くお幸せに! ようやく在るべき形に収まってホッとしております!」
侍女長の説明が終わると、周囲にいた侍女の方たちが満面の笑顔を浮かべ、口々に祝福の言葉を贈ってくれた。
皆さんの祝福の言葉は、とても嬉しい。
ありがたいとは思う……のだけれど。
(確か、私たちのことをアランが陛下に伝えたのは、ついさっきのこと……よね?)
ということは、私たちの前から立ち去られた後、その足ですぐに皆さんに伝えに行かれたということ?
国王自らの口で?
それはそれは上機嫌で?
正式な発表は、私の教育が終わるまで待って欲しいと仰っていたのに?
アランも私も、両想いになって浮かれている。
でも一番喜び、浮かれているのは……イグニス陛下なのかもしれない。
それに、もう一つ気になるのは、
(『やっと』とか『安心した』とか……侍女の皆さんの反応が、まるで私とアランが本当の婚約者になることを予想していたかのような……)
皆さん、まるで自分のことにようにとても喜んでくださっている。
祖国を追放された私が、この国の王弟殿下の婚約者になったことを拒絶もせずに祝福してくださることは、本当にありがたい。
だけど普通ならもっとこう……驚きや意外だという反応があってもいいものだと思う。
なのにまるで全てが、予定調和だと言いたげな――
まさか、
(実は私とアランが、すでに両思いだったということに、皆さん気付いてい……た?)
だから、当然の結果として受け入れることが出来たってこと?
……いや、まさか。
まさか……ねぇ?