精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第94話 アランの相談(別視点)
「こんな朝早くから悪かったな、二人とも」
部屋にやってきたアランに向かって、マリアとルドルフが膝をつき、深く頭を下げた。
「いいえ、問題ございません、アラン様」
「年寄りの朝は早いですからな、お気になさらず」
二人の返答を聞き、アランは力が入っていた肩から力を抜いた。
もちろん二人の返答は、自分に配慮してくれたものだとは思うが、長年クロージック家で働いていた仲だ。彼らの言葉が本心からくるものだということは、なんとなく察しが付く。
エヴァに伝えた『人と会う』とは、この二人のことだった。
イグニスのときと同様、朝一で連絡をし、兄との話し合いが終わった頃にこうして来て貰ったのである。
アランが席に着くと、丁度彼と向き合うようにテーブルを挟んでルドルフも椅子に腰を下ろした。マリアは立っていたが、ルドルフに隣の席を勧められると、軽く会釈をして彼の隣に座った。
話を聞く体勢ができたところで、アランはグッと喉に力を込めた。
「二人とは、長い間クロージック家でエヴァを見守ってきた仲だ。だから、兄さんの次に報告をしたいと思っていた。俺……」
「もしかして……エヴァちゃんを正式な婚約者として迎えられるという話でしょうか?」
「えっ? な、何でそれを……」
マリアに言い当てられ、アランは目を丸くした。サッとルドルフに視線を移すが、アランと目が合うと優しく微笑み返すだけだった。
まるで、最初からアランの報告など分かっていたかのように。
アランの動揺に、マリアが種明かしをする。
「先ほど、イグニス陛下より城内通達がございました。陛下自ら、各業務の長たちへご報告されたそうですよ。私たち諜報員も、つい先ほど上官より報告を受けました。一応、国内への正式な発表があるまでは内密にとのことでしたが、城内全体で知らぬ者はいないかと」
「わしは直接陛下よりお言葉を頂きましたが、それはそれは大層なお喜びようでしたな」
そのときの様子を思い出しているのか、ルドルフは髭をなでながら瞳を細めた。
マリアのいう先ほどとは、アランを散々からかって立ち去った後の話だろう。
弟の恋愛成就を直接皆に伝えに行った兄も兄だが、自分がルドルフたちと会うまでの短い間に伝わる城内の早すぎる伝達速度に言葉が出ない。
ということで、とマリアが両手を胸の前で打つと、パッと表情を明るくした。
「改めましてアランさま、おめでとうございます! 念願が叶いましたね!」
「おめでとうございます、アランさま。これでわしも、心残りが減りましたわい」
「あ、ありがとう、マリア、ルドルフ……」
二人から与えられた祝福の言葉に、アランは解せぬという表情を浮かべつつも、礼を言った。
内心で、
(エヴァが俺の告白に応えてくれたこと、何の疑問も抱かずに受け入れているな、この二人……もう少し驚きとかあってもよくないか?)
などと考えながら。
ようやくアランとエヴァのじれじれに、歯痒くならなくて済むとホワホワしているマリアの横で、ルドルフが表情を改めた。
「それで、何か我々に相談があるとのことでしたが……」
ルドルフの言葉を聞き、アランはそうだったと意識を今に戻した。
本来であれば、二人と付き合いの長いエヴァにも同席して貰い、お互いの関係が変わったことを報告したかった。だが、エヴァには秘密裏に相談したいことがあったため、あえて彼らと会うことを伏せたのだ。
アランの様子を見ていたルドルフが、眉根を寄せる。
「どうなさいましたか? もしかしてバルバーリ王国がまたエヴァ嬢ちゃんにちょっかいを……」
「い、いや、違う! エヴァの件ではあるんだが、そんな深刻な問題では……いや、深刻は深刻なのだが、バルバーリの一件とは関係なくて……」
「では一体、何をお悩みに?」
ルドルフが問うが、アランは視線を逸らして口元をモゴモゴするだけだ。
ようやく片想いが実り幸せの絶頂にいるはずなのに、何を悩んでいるのかと、マリアも軽く首を傾げながらアランの言葉を待つ。
二人からの視線を受け、ようやくアランが動いた。テーブルの上に置いた自身の指先を見つめながら、言いにくそうに相談内容を切り出す。
「え、エヴァが……恋人になったエヴァが、今まで以上に可愛すぎて辛い。恋人として婚約者として、どういう距離感で接したら良いのかが分からない」
そう言い終わった瞬間、アランはテーブルに突っ伏した。髪の毛の間から見える耳は、先まで真っ赤になっている。
彼の言葉を聞いたマリアとルドルフの表情がスンとなったことにも気付かず、突っ伏し、さらに双眸をきつく閉じたまま言葉を続ける。
「エヴァの恋人になれたら、この想いを隠さなくてよくなって楽になるだろうと思っていた」
「そうじゃないのですか?」
何か問題でも? と言わんばかりのマリアの問いに、アランは勢いよく顔を上げた。
スンと無表情だった二人の表情が、ちゃんと話聞いてましたよと言わんばかりに真剣なものへと瞬時に戻る。
「そうじゃなかった……両想いになったらなったらで、今まで我慢していた気持ちが溢れ出てしまって、止められない。開けてはいけない領域を開放してしまったというか……」
「感情を制御する要因がなくなったため、逆に抑えていた気持ちが今、暴走してしまっていると……そういうことですかな?」
「そう、それだよ!」
自分の気持ちを上手くまとめてくれたルドルフの言葉に、アランが激しく同意した。
さっきだってそうだ。
『えっと、まだ結婚もしてないのに、こんなことを考えてた私に……幻滅した?』
顔を真っ赤にしながら弱々しい声で訊ねるエヴァを思い出し、胸の奥がキュウッと締め付けられる。
幻滅どころか、自分の息の根が止まってしまうのではないかと思うぐらい可愛くて、まだ自分はエヴァの可愛さの片鱗しか知らなかったことを思い知らされた。
もうこの発言は、エヴァからの同意をとったということでいいのでは? と思い、このまま寝室にお持ち帰りしたくなる気持ちを必死で堪えていたのは、決して彼女には言えない秘密だ。
あのとき、抱きしめることで何とか気持ちを落ち着け、キスだけで留めた自分を褒めてやりたいと心底思う。
今思えばエヴァの言うとおり人目につく可能性もあったが、まあ幸い、自分たちが別れるまで誰も通らなかった。それにあの時点ですでに、自分たちの仲について城内で知らぬ者はいなかったわけで。
とはいえ、あの行動も今思えば正解だったのか分からない。
(ああいう発言をされたなら、男としては一歩踏み出すべきだったのか? エヴァに恥をかかせる形になった……のか? いやでも、ちゃんと順序は踏むべきだろうし、その辺はエヴァだって分かってるはずだろうし……)
というわけで今の自分を客観的に見て貰いたいと思い、一人でマリアとルドルフに会うことにしたのだ。
自分の不甲斐なさと恋愛経験のなさに改めて絶望したアランは、再び突っ伏した。
ううっと呻き声を上げながら、ブツブツと何か言っている。
「……エヴァの魅力という海に引き込まれて、二度と浮かび上がれる気がしない」
(ルドルフ様……何か、謎なポエム朗読会が始まったのですが……)
(しーっ!)
アランから見えないからと、再びスンとなったマリアの微かな呟きを、ルドルフが諫める。が、彼自身も同じような表情を浮かべているため、思っていることは同じなのだろう。
結局、片想いだろうが両想いになろうが、若き王弟の悩みは尽きないのだと。
部屋にやってきたアランに向かって、マリアとルドルフが膝をつき、深く頭を下げた。
「いいえ、問題ございません、アラン様」
「年寄りの朝は早いですからな、お気になさらず」
二人の返答を聞き、アランは力が入っていた肩から力を抜いた。
もちろん二人の返答は、自分に配慮してくれたものだとは思うが、長年クロージック家で働いていた仲だ。彼らの言葉が本心からくるものだということは、なんとなく察しが付く。
エヴァに伝えた『人と会う』とは、この二人のことだった。
イグニスのときと同様、朝一で連絡をし、兄との話し合いが終わった頃にこうして来て貰ったのである。
アランが席に着くと、丁度彼と向き合うようにテーブルを挟んでルドルフも椅子に腰を下ろした。マリアは立っていたが、ルドルフに隣の席を勧められると、軽く会釈をして彼の隣に座った。
話を聞く体勢ができたところで、アランはグッと喉に力を込めた。
「二人とは、長い間クロージック家でエヴァを見守ってきた仲だ。だから、兄さんの次に報告をしたいと思っていた。俺……」
「もしかして……エヴァちゃんを正式な婚約者として迎えられるという話でしょうか?」
「えっ? な、何でそれを……」
マリアに言い当てられ、アランは目を丸くした。サッとルドルフに視線を移すが、アランと目が合うと優しく微笑み返すだけだった。
まるで、最初からアランの報告など分かっていたかのように。
アランの動揺に、マリアが種明かしをする。
「先ほど、イグニス陛下より城内通達がございました。陛下自ら、各業務の長たちへご報告されたそうですよ。私たち諜報員も、つい先ほど上官より報告を受けました。一応、国内への正式な発表があるまでは内密にとのことでしたが、城内全体で知らぬ者はいないかと」
「わしは直接陛下よりお言葉を頂きましたが、それはそれは大層なお喜びようでしたな」
そのときの様子を思い出しているのか、ルドルフは髭をなでながら瞳を細めた。
マリアのいう先ほどとは、アランを散々からかって立ち去った後の話だろう。
弟の恋愛成就を直接皆に伝えに行った兄も兄だが、自分がルドルフたちと会うまでの短い間に伝わる城内の早すぎる伝達速度に言葉が出ない。
ということで、とマリアが両手を胸の前で打つと、パッと表情を明るくした。
「改めましてアランさま、おめでとうございます! 念願が叶いましたね!」
「おめでとうございます、アランさま。これでわしも、心残りが減りましたわい」
「あ、ありがとう、マリア、ルドルフ……」
二人から与えられた祝福の言葉に、アランは解せぬという表情を浮かべつつも、礼を言った。
内心で、
(エヴァが俺の告白に応えてくれたこと、何の疑問も抱かずに受け入れているな、この二人……もう少し驚きとかあってもよくないか?)
などと考えながら。
ようやくアランとエヴァのじれじれに、歯痒くならなくて済むとホワホワしているマリアの横で、ルドルフが表情を改めた。
「それで、何か我々に相談があるとのことでしたが……」
ルドルフの言葉を聞き、アランはそうだったと意識を今に戻した。
本来であれば、二人と付き合いの長いエヴァにも同席して貰い、お互いの関係が変わったことを報告したかった。だが、エヴァには秘密裏に相談したいことがあったため、あえて彼らと会うことを伏せたのだ。
アランの様子を見ていたルドルフが、眉根を寄せる。
「どうなさいましたか? もしかしてバルバーリ王国がまたエヴァ嬢ちゃんにちょっかいを……」
「い、いや、違う! エヴァの件ではあるんだが、そんな深刻な問題では……いや、深刻は深刻なのだが、バルバーリの一件とは関係なくて……」
「では一体、何をお悩みに?」
ルドルフが問うが、アランは視線を逸らして口元をモゴモゴするだけだ。
ようやく片想いが実り幸せの絶頂にいるはずなのに、何を悩んでいるのかと、マリアも軽く首を傾げながらアランの言葉を待つ。
二人からの視線を受け、ようやくアランが動いた。テーブルの上に置いた自身の指先を見つめながら、言いにくそうに相談内容を切り出す。
「え、エヴァが……恋人になったエヴァが、今まで以上に可愛すぎて辛い。恋人として婚約者として、どういう距離感で接したら良いのかが分からない」
そう言い終わった瞬間、アランはテーブルに突っ伏した。髪の毛の間から見える耳は、先まで真っ赤になっている。
彼の言葉を聞いたマリアとルドルフの表情がスンとなったことにも気付かず、突っ伏し、さらに双眸をきつく閉じたまま言葉を続ける。
「エヴァの恋人になれたら、この想いを隠さなくてよくなって楽になるだろうと思っていた」
「そうじゃないのですか?」
何か問題でも? と言わんばかりのマリアの問いに、アランは勢いよく顔を上げた。
スンと無表情だった二人の表情が、ちゃんと話聞いてましたよと言わんばかりに真剣なものへと瞬時に戻る。
「そうじゃなかった……両想いになったらなったらで、今まで我慢していた気持ちが溢れ出てしまって、止められない。開けてはいけない領域を開放してしまったというか……」
「感情を制御する要因がなくなったため、逆に抑えていた気持ちが今、暴走してしまっていると……そういうことですかな?」
「そう、それだよ!」
自分の気持ちを上手くまとめてくれたルドルフの言葉に、アランが激しく同意した。
さっきだってそうだ。
『えっと、まだ結婚もしてないのに、こんなことを考えてた私に……幻滅した?』
顔を真っ赤にしながら弱々しい声で訊ねるエヴァを思い出し、胸の奥がキュウッと締め付けられる。
幻滅どころか、自分の息の根が止まってしまうのではないかと思うぐらい可愛くて、まだ自分はエヴァの可愛さの片鱗しか知らなかったことを思い知らされた。
もうこの発言は、エヴァからの同意をとったということでいいのでは? と思い、このまま寝室にお持ち帰りしたくなる気持ちを必死で堪えていたのは、決して彼女には言えない秘密だ。
あのとき、抱きしめることで何とか気持ちを落ち着け、キスだけで留めた自分を褒めてやりたいと心底思う。
今思えばエヴァの言うとおり人目につく可能性もあったが、まあ幸い、自分たちが別れるまで誰も通らなかった。それにあの時点ですでに、自分たちの仲について城内で知らぬ者はいなかったわけで。
とはいえ、あの行動も今思えば正解だったのか分からない。
(ああいう発言をされたなら、男としては一歩踏み出すべきだったのか? エヴァに恥をかかせる形になった……のか? いやでも、ちゃんと順序は踏むべきだろうし、その辺はエヴァだって分かってるはずだろうし……)
というわけで今の自分を客観的に見て貰いたいと思い、一人でマリアとルドルフに会うことにしたのだ。
自分の不甲斐なさと恋愛経験のなさに改めて絶望したアランは、再び突っ伏した。
ううっと呻き声を上げながら、ブツブツと何か言っている。
「……エヴァの魅力という海に引き込まれて、二度と浮かび上がれる気がしない」
(ルドルフ様……何か、謎なポエム朗読会が始まったのですが……)
(しーっ!)
アランから見えないからと、再びスンとなったマリアの微かな呟きを、ルドルフが諫める。が、彼自身も同じような表情を浮かべているため、思っていることは同じなのだろう。
結局、片想いだろうが両想いになろうが、若き王弟の悩みは尽きないのだと。