精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第95話 あれは……駄目だ(別視点)
マリアとルドルフが、音を立てないよう大きなため息を着いた瞬間、アランがまた顔を上げた。
瞬時に表情を改めた二人に気付かず、アランの視線が縋るようにマリアを見る。
「マリアは、今の俺を見てどう思う? 女性としてどんな印象を抱く?」
「ど、どのような印象……でしょうか……」
ここでハッキリ、ヘタレだと思いますよ、と言えればどれだけ楽だろう。
しかし、チラッと見たルドルフが軽く首を横に振っていたため、吐き出そうとしていた本心をグッと肺の奥へと押し戻した。
今ここで、仕えている主にトドメを刺すわけにはいかないのだ。
なので、二番手の意見を採用することにする。
「そこまでアラン様がご心配される必要はないかと思われますが。好きな人から強く恋われて、嬉しくないわけがないと思いますし。きっとエヴァちゃんも、アラン様がエヴァちゃんを好きすぎて悩んでいるなんて知ったら、嬉しく感じると思いますよ」
まあエヴァはエヴァで、両片想いの時点から、一人目は女の子がいいとかいって妄想を暴走させていたのだ。
全くもって大丈夫だ。
全くもって問題はない。
正直、ぐだぐだ考えて悩む暇があったら、もっと押せと言いたい。
しかしマリアの言葉に、アランはあまり納得していないようだ。そうか、と呟きながらも、どこかまだ不安そうにしている。
自分の言葉が不正解だったのかと後悔するマリアが、さらなるフォローのために口を開こうとする前に、ルドルフの落ち着きながらも、静かな声が響いた。
彼の琥珀色の瞳が、真っ直ぐアランを見つめる。
「アラン様は、一体何を恐れていらっしゃるのですかな?」
アランの瞳が、ルドルフに向けられた。
まるで心の奥底を言い当てられたかのように気まずそうに下唇を噛むと、諦めたように肩を落とした。両手で顔を覆いしばらく大きく肩で呼吸をしていたが、心を決めたのか、苦しそうに本心を吐露する。
「好きという気持ちが、そばにいて欲しいという気持ちが、エヴァを傷つけてしまいそうで怖いんだ。また、同じ過ちを犯してしまうのではないかと……」
顔を覆う手が拳へと変わる。
「もしこの先、エヴァを解放すべき日が来たとき、俺はこの手を離すことができるのかと……」
マリアの瞳が大きく見開き、咄嗟に視線を落とした。アランが言う『また』が何を指しているのか察したからこそ、かける言葉が見つからなかった。
しかしルドルフは違った。
歳を重ねて皺を刻んだ瞳を細めると、低くも、朗々とした声を響かせる。
「お二人が生きているのが今であることを決してお忘れ無く、アラン様」
ルドルフの言葉に、アランは覆っていた両手から顔を離した。主の表情から心の変化に気付いたルドルフが深く頷き問う。
「アラン様が一番に望むこととは、何でしたかな?」
「エヴァの幸せと自由だ」
「結構」
俺の婚約者が可愛すぎると悶えていた人間とは同一人物かと疑ってしまうほど、アランは静かな決意を瞳に湛えていた。
問いに即答したアランを優しく見つめるルドルフの表情が柔らかくなる。自分の問いに即答できたということは、常に彼がエヴァの幸せと自由を心の中心に置いていることに他ならないからだ。
「そう深刻にならなくとも、大丈夫じゃ。どれだけアラン様が、エヴァ嬢ちゃんを大切に想っていらっしゃるかは、ともにクロージック家にいたわしやマリアが一番良く分かっております。あなたの抱く想いが、エヴァ嬢ちゃんを傷つけることは決してないと」
「そ、そうですよ、アラン様! ルドルフ様の仰るとおりです!」
反射的に、マリアもルドルフに加勢する。
全く気の利いたことは言えなかったが、自分たちの言葉が響いたのか、アランの表情が少し緩んだ気がした。
「そう……だといいな……」
遠くを見つめ、今ここにない何かに想いを馳せるように。
青い瞳を閉じ、ふうっと息を吐き出したアランの表情は、晴れ晴れとしていた。
「ありがとう、二人とも。少し気持ちが楽になったよ」
「私など、何のお役にも……ルドルフ様のお陰です」
「いやいや、年老いたわしには荷の重い相談ではありましたがな。こういった話は、まだ歳が近い陛下にされた方が良かったのでは?」
「そうですね。妻帯者でもありますし」
髭を撫でながら冗談交じりに笑うルドルフの言葉に、マリアが心の底から賛同する。
だがアランはテーブルに両肘をつき、合わせた両手の指を額に当て、半眼になりながら低く唸った。
「あれは……駄目だ」
もちろん話の流れ的に『あれ』とは、イグニスのことだろう。
国王である兄をあれ呼ばわりするなど、二人の間に何があったのか。しかし眉間に深い皺を寄せ、恨みがましい表情を浮かべるアランに聞ける雰囲気ではなかった。
二人の若干引いた雰囲気を感じとったのかアランは、
「あ、いや……兄さんの場合、協力よりも俺をからかってくる方が多いから……」
と慌てて言い訳をすると再び礼を言い、席を立った。
ルドルフとマリアも席を立つと、主が部屋を出る後ろ姿を頭を下げて見送った。
ドアがパタンと閉じると、マリアは大きく息を吐き出した。アランの心配を少しでも減らすことができて、ホッと胸をなで下ろす。
そしてまだドアを見つめているルドルフに頭を下げた。
「ありがとうございます、ルドルフ様」
「いや、わしは何もしとらんよ。答えはすでにアラン様ご自身がお持ちじゃったからな」
明らかに彼の言葉がアランを勇気づけたというのに、いつもと変わらず温和で謙虚な態度に、マリアは尊敬の念を抱いた。
そして右手を胸の前で強く握ると、苦しそうに本心を吐露したアランの表情を思い出しながら、少し寂しそうに呟く。
「……今度こそ、幸せになれるといいですね」
「そう、じゃな……」
長年見守ってきた二人の幸せを心の底から願いながら、ルドルフとマリアは微笑んだ。
そのとき、ノック音が室内に響き渡った。
続いて、
「マリア、いる?」
聞き慣れた声がして、マリアは慌ててドアを開けた。
予想どおり、部屋を訪ねてきたのは、
「え、エヴァちゃん?」
さきほどまで話題の中心人物であったエヴァの姿があり、マリアは目を大きく見開いた。
「どこにいるか訊ねたら、ここにいると聞いて……突然ごめんなさい」
「全然大丈夫よ! だから謝らないでね、エヴァちゃん」
「ありがとう……」
そんな会話を交わしながら部屋に入ったエヴァは、ルドルフの姿を見つけて軽く目を瞠った。まさかこの場にいると思わなかったのだろう。
穏やかな笑みを湛えながら部屋を出ようとしたルドルフだったが、
「ルドルフのことも探していたの! だ、だからもしよければ、あなたもここにいてくれる?」
エヴァがそう言って引き留めた。その頬は、何故か赤く染まっている。
不思議に思いながら、ルドルフとマリアが席に着くと、エヴァは二人と向き合う形で座った。
二人の顔をチラチラみながら、おずおずと口を開く。
「あ、あの……もう知っているかもしれないけれど……」
「アラン様と本当に婚約したって話……よね? おめでとう、エヴァちゃん!」
「エヴァ嬢ちゃん、おめでとう。アラン様なら、エヴァ嬢ちゃんを大切になさってくださるじゃろう」
「ありがとう二人とも。そう言ってくれてとても嬉しいわ」
エヴァの顔にパッと笑顔が咲くと部屋の空気が一変した。
心からの笑顔につられ、ルドルフとマリアも笑顔を浮かべる。
エヴァの反応を見る限り、イグニスが城内で言いふらしていることをすでに知っているようだ。
だが満面の笑みを浮かべていたエヴァの表情が、みるみるうちにしぼんでいく。
ようやく片想いが実り幸せの絶頂にいるはずなのに、何を悩んでいるのか。
疑問に思うマリアとルドルフの心境を察したエヴァは、テーブルの上に置いた自身の指先を見つめながら、言いにくそうに切り出した。
「アランが……恋人になったアランが好きすぎて……どう接したら良いのか分からなくて……私だけ好きすぎていたらどうしようって……」
そう言ってテーブルに突っ伏すエヴァ。耳の先まで真っ赤になっている。
ううっとうめき声をあげながら、何かブツブツ呟くエヴァの姿を見つめている二人の表情がスンとなっていたのは、言うまでもない。
瞬時に表情を改めた二人に気付かず、アランの視線が縋るようにマリアを見る。
「マリアは、今の俺を見てどう思う? 女性としてどんな印象を抱く?」
「ど、どのような印象……でしょうか……」
ここでハッキリ、ヘタレだと思いますよ、と言えればどれだけ楽だろう。
しかし、チラッと見たルドルフが軽く首を横に振っていたため、吐き出そうとしていた本心をグッと肺の奥へと押し戻した。
今ここで、仕えている主にトドメを刺すわけにはいかないのだ。
なので、二番手の意見を採用することにする。
「そこまでアラン様がご心配される必要はないかと思われますが。好きな人から強く恋われて、嬉しくないわけがないと思いますし。きっとエヴァちゃんも、アラン様がエヴァちゃんを好きすぎて悩んでいるなんて知ったら、嬉しく感じると思いますよ」
まあエヴァはエヴァで、両片想いの時点から、一人目は女の子がいいとかいって妄想を暴走させていたのだ。
全くもって大丈夫だ。
全くもって問題はない。
正直、ぐだぐだ考えて悩む暇があったら、もっと押せと言いたい。
しかしマリアの言葉に、アランはあまり納得していないようだ。そうか、と呟きながらも、どこかまだ不安そうにしている。
自分の言葉が不正解だったのかと後悔するマリアが、さらなるフォローのために口を開こうとする前に、ルドルフの落ち着きながらも、静かな声が響いた。
彼の琥珀色の瞳が、真っ直ぐアランを見つめる。
「アラン様は、一体何を恐れていらっしゃるのですかな?」
アランの瞳が、ルドルフに向けられた。
まるで心の奥底を言い当てられたかのように気まずそうに下唇を噛むと、諦めたように肩を落とした。両手で顔を覆いしばらく大きく肩で呼吸をしていたが、心を決めたのか、苦しそうに本心を吐露する。
「好きという気持ちが、そばにいて欲しいという気持ちが、エヴァを傷つけてしまいそうで怖いんだ。また、同じ過ちを犯してしまうのではないかと……」
顔を覆う手が拳へと変わる。
「もしこの先、エヴァを解放すべき日が来たとき、俺はこの手を離すことができるのかと……」
マリアの瞳が大きく見開き、咄嗟に視線を落とした。アランが言う『また』が何を指しているのか察したからこそ、かける言葉が見つからなかった。
しかしルドルフは違った。
歳を重ねて皺を刻んだ瞳を細めると、低くも、朗々とした声を響かせる。
「お二人が生きているのが今であることを決してお忘れ無く、アラン様」
ルドルフの言葉に、アランは覆っていた両手から顔を離した。主の表情から心の変化に気付いたルドルフが深く頷き問う。
「アラン様が一番に望むこととは、何でしたかな?」
「エヴァの幸せと自由だ」
「結構」
俺の婚約者が可愛すぎると悶えていた人間とは同一人物かと疑ってしまうほど、アランは静かな決意を瞳に湛えていた。
問いに即答したアランを優しく見つめるルドルフの表情が柔らかくなる。自分の問いに即答できたということは、常に彼がエヴァの幸せと自由を心の中心に置いていることに他ならないからだ。
「そう深刻にならなくとも、大丈夫じゃ。どれだけアラン様が、エヴァ嬢ちゃんを大切に想っていらっしゃるかは、ともにクロージック家にいたわしやマリアが一番良く分かっております。あなたの抱く想いが、エヴァ嬢ちゃんを傷つけることは決してないと」
「そ、そうですよ、アラン様! ルドルフ様の仰るとおりです!」
反射的に、マリアもルドルフに加勢する。
全く気の利いたことは言えなかったが、自分たちの言葉が響いたのか、アランの表情が少し緩んだ気がした。
「そう……だといいな……」
遠くを見つめ、今ここにない何かに想いを馳せるように。
青い瞳を閉じ、ふうっと息を吐き出したアランの表情は、晴れ晴れとしていた。
「ありがとう、二人とも。少し気持ちが楽になったよ」
「私など、何のお役にも……ルドルフ様のお陰です」
「いやいや、年老いたわしには荷の重い相談ではありましたがな。こういった話は、まだ歳が近い陛下にされた方が良かったのでは?」
「そうですね。妻帯者でもありますし」
髭を撫でながら冗談交じりに笑うルドルフの言葉に、マリアが心の底から賛同する。
だがアランはテーブルに両肘をつき、合わせた両手の指を額に当て、半眼になりながら低く唸った。
「あれは……駄目だ」
もちろん話の流れ的に『あれ』とは、イグニスのことだろう。
国王である兄をあれ呼ばわりするなど、二人の間に何があったのか。しかし眉間に深い皺を寄せ、恨みがましい表情を浮かべるアランに聞ける雰囲気ではなかった。
二人の若干引いた雰囲気を感じとったのかアランは、
「あ、いや……兄さんの場合、協力よりも俺をからかってくる方が多いから……」
と慌てて言い訳をすると再び礼を言い、席を立った。
ルドルフとマリアも席を立つと、主が部屋を出る後ろ姿を頭を下げて見送った。
ドアがパタンと閉じると、マリアは大きく息を吐き出した。アランの心配を少しでも減らすことができて、ホッと胸をなで下ろす。
そしてまだドアを見つめているルドルフに頭を下げた。
「ありがとうございます、ルドルフ様」
「いや、わしは何もしとらんよ。答えはすでにアラン様ご自身がお持ちじゃったからな」
明らかに彼の言葉がアランを勇気づけたというのに、いつもと変わらず温和で謙虚な態度に、マリアは尊敬の念を抱いた。
そして右手を胸の前で強く握ると、苦しそうに本心を吐露したアランの表情を思い出しながら、少し寂しそうに呟く。
「……今度こそ、幸せになれるといいですね」
「そう、じゃな……」
長年見守ってきた二人の幸せを心の底から願いながら、ルドルフとマリアは微笑んだ。
そのとき、ノック音が室内に響き渡った。
続いて、
「マリア、いる?」
聞き慣れた声がして、マリアは慌ててドアを開けた。
予想どおり、部屋を訪ねてきたのは、
「え、エヴァちゃん?」
さきほどまで話題の中心人物であったエヴァの姿があり、マリアは目を大きく見開いた。
「どこにいるか訊ねたら、ここにいると聞いて……突然ごめんなさい」
「全然大丈夫よ! だから謝らないでね、エヴァちゃん」
「ありがとう……」
そんな会話を交わしながら部屋に入ったエヴァは、ルドルフの姿を見つけて軽く目を瞠った。まさかこの場にいると思わなかったのだろう。
穏やかな笑みを湛えながら部屋を出ようとしたルドルフだったが、
「ルドルフのことも探していたの! だ、だからもしよければ、あなたもここにいてくれる?」
エヴァがそう言って引き留めた。その頬は、何故か赤く染まっている。
不思議に思いながら、ルドルフとマリアが席に着くと、エヴァは二人と向き合う形で座った。
二人の顔をチラチラみながら、おずおずと口を開く。
「あ、あの……もう知っているかもしれないけれど……」
「アラン様と本当に婚約したって話……よね? おめでとう、エヴァちゃん!」
「エヴァ嬢ちゃん、おめでとう。アラン様なら、エヴァ嬢ちゃんを大切になさってくださるじゃろう」
「ありがとう二人とも。そう言ってくれてとても嬉しいわ」
エヴァの顔にパッと笑顔が咲くと部屋の空気が一変した。
心からの笑顔につられ、ルドルフとマリアも笑顔を浮かべる。
エヴァの反応を見る限り、イグニスが城内で言いふらしていることをすでに知っているようだ。
だが満面の笑みを浮かべていたエヴァの表情が、みるみるうちにしぼんでいく。
ようやく片想いが実り幸せの絶頂にいるはずなのに、何を悩んでいるのか。
疑問に思うマリアとルドルフの心境を察したエヴァは、テーブルの上に置いた自身の指先を見つめながら、言いにくそうに切り出した。
「アランが……恋人になったアランが好きすぎて……どう接したら良いのか分からなくて……私だけ好きすぎていたらどうしようって……」
そう言ってテーブルに突っ伏すエヴァ。耳の先まで真っ赤になっている。
ううっとうめき声をあげながら、何かブツブツ呟くエヴァの姿を見つめている二人の表情がスンとなっていたのは、言うまでもない。