旅先恋愛~一夜の秘め事~
「観光に行っても、俺以外の男に送ってもらうなよ?」


「当たり前です」


「イイコだ」


そう言って、彼はそっと私の額にキスをした。

落とされた柔らかな感触に、鼓動がひとつ大きな音を立てる。

ギュッと私を抱き込む腕に一度だけ力を込め、彼は私を解放した。


「……じゃあな」


最後にぽんと私の頭を撫で、踵を返す。

声も出せず、ただ後姿を見送る。

速くなりすぎた鼓動を鎮めようと深呼吸を繰り返し、震える指で額に触れた。


「なんで、いきなり……」


のろのろと室内に入るが、答えは到底見つからない。

冗談、と言われれば済んでしまうような触れ合いだ。

お互いいい大人だし、いちいち目くじらを立てるような出来事でもない。

男性に抱きしめられたのも、キスされたのも初めてじゃない。


なのにどうしてこんなに心がざわめくの? 


いつもと違う、旅先という非日常が関係してる?


あんなに素敵な男性にはなかなか巡り合えない。


だからきっと動揺しているだけよ。


何度も自分に言い聞かせ、熱い頬を隠すように手早く化粧直しをする。

暁さんへの考えを遮断すべく機械的に身支度を整え、戻ってきたばかりの部屋を急いで後にした。
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