旅先恋愛~一夜の秘め事~
「こっちを向いてくれないか」


背中にかけられた声に、胸が詰まる。


間違いない、彼だ。


視線を合わせるのが怖いのに、彼への焦燥感に鼻の奥がツンとする。

泣いてはいけない、そう思うのに視界が揺らぎ始める。

思わず下を向いた私の体が、ふわりと温かい感触に包まれた。


「……やっと捕まえた」


長い腕が、私の体を背後からギュッと抱きしめる。

うなじと髪に触れた柔らかな感触に、心臓が壊れそうな音を立てた。


「なんで黙っていなくなった?」


くるりと体を反転され、彼と向かい合わせになる。

整った面差しを歪めた暁さんが、真っ直ぐ私を見据える。

喉から絞りだしたような低い声で問いかけられ、心が軋んだ。


「どうして、私がここの社員だと……」


質問に答えるより先に、疑問が漏れた。


「逃がさないと言っただろ? 調べたらすぐにわかる」


淡々と告げられ、目を見開く。

脳裏にハトコの台詞が浮かんだ。


『椿森副社長が必死に唯花を捜したら? 椿森の力をもってすれば、子会社に勤務している唯花を捜し出すのなんてきっと簡単よ。押しかけてくるかもしれないわ』


「どうして、逃げた?」


片手で私の顎を掬い上げ、目を見つめながら暁さんが再び尋ねる。

キツイ口調に彼の怒りを感じた。

フロントに残した言い訳を信じていないのがよくわかった。
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