旅先恋愛~一夜の秘め事~
「以前からの知り合いです。この後約束がありますので、失礼します」


私の代わりに返答した暁さんがサッと踵を返し、歩き出す。

彼は指を外し、私の腰を強く引き寄せた。

振り返りなんとか頭を下げる私の目に、険しい表情の古越母娘の姿が映った。


「相変わらずしつこいな……すまない、唯花。嫌な思いをさせた」


「いえ……勝手に名乗ってすみません。あの方々は……?」


「泉製薬の社長夫人と娘だ。以前、縁談を持ち込まれて断ったんだが、あきらめが悪くてな。唯花の存在は伏せておきたかったが仕方ない。下手に調べ回られても厄介だ」


淡々とした彼の物言いが少し心に引っかかる。


私の存在を伏せたい理由はなんだろう? 


やはり周囲に伝えたくないのだろうか。


「唯花、このまま俺の家に向かっていいか?」


「え?」


尋ねられ、我に返る。


「あの母娘のことだから、俺たちの関係を疑って後をつけてくるかもしれない」


「まさか、そんな……」


「心配だから、一緒に家に来てくれないか?」


本気で私の身を案じてくれている真剣な様子に、うなずく。

あの母娘に自宅を知られたくない。

だがそれなら彼の家も危険ではないかと考え尋ねると、大丈夫だと言われた。

彼の自宅に向かう車の中で、予想外の展開に心の整理が追いつかずにいた。
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