冷酷王の元へ妹の代わりにやってきたけど、「一思いに殺してください」と告げたら幸せになった

「私、本当に夢を見続けていいの?」

 オルテンスは、どうして自分のためにそんなことを言ってくれるのだろうと不思議だった。


 幼い頃から、役立たずと言われ続けていた。価値がないと貶められていた。
 だからこそ、オルテンスはそう言う風に真っ直ぐに言われることに慣れていない。思いやりのこもった言葉に、なんとも言えない気持ちにオルテンスはなっている。



「でも……」
「でもじゃない。オルテンスの反論はきかない。そもそも帰りたいと言われても帰す気はない」
「……帰りたいって思ってない」
「ならいればいい」


 オルテンスに向かって、デュドナはそう言い切った。



 まっすぐにその瞳に見つめられると、オルテンスは動悸を感じてしまった。
 だってそんな夢みたいな提案。本当にそんなことが許されるのだろうか。そういう気持ちでオルテンスはデュドナのことを見返す。


 オルテンスにとって、国のために命を捧げるのは当たり前のことだった。
 昔からずっと、価値がないと言われていたオルテンス。ずっと虐げられて、痛みを与えられて生きてきた。
 だからこそこうして妹の代わりにメスタトワ王国にやってくる時に、ようやくお前に価値が出来たなどということを言われたのだ。



 オルテンスはこのメスタトワ王国でも、きっと痛みばかり感じると思っていた。価値がない自分が他国に行ったところでその価値が上がるなんて考えてもいなかったから。
 でもこの地は夢のように楽しくて、穏やかな日々を過ごさせてもらっている。



「私、本当に夢を見続けていいの?」



 オルテンスは、ぽつりと小さな声をあげる。
 本当に自分がそういう夢を見続けて良いのかと。この楽しく夢のような空間をそのまま続けていていいのかと。
 小さな声だったけれども、デュドナたちにはその声は聞こえていた。



「良いに決まっている。俺がいいって言っているんだからな」
「……本当に?」
「ああ」


 穏やかに微笑みながら頷かれる。


 そんなデュドナも見ながらオルテンスはもしかしたら騙されているのかもしれないとも思った。こんなに都合の良い話なんて本来あるはずがなくて、このまま頷いて此処に留まったところで――祖国に居た頃のような痛みに満ちた日々が来ないとは限らない。
 けれど、そんな“かもしれない”は、オルテンスの心をが否定する。



 このメスタトワ王国の人々は優しくて、オルテンスに笑いかけてくれる。冷酷王なんて呼ばれているデュドナでさえも、祖国では与えられることのなかった優しさをオルテンスに与えてくれる。
 寧ろオルテンスは、この穏やかで夢のような空間をくれる人たちにならば騙されてもいいとさえ思った。


 だってデュドナもミオラも、それに他の人たちもとっても優しい。


 オルテンスに痛みを与えることなく、オルテンスに優しくしてくれる。ミオラたちはオルテンスのことを可愛い可愛いと言って、甘やかしてくれる。
 今まで経験したことのなかったことを、沢山経験させてくれる。
 ――それにこの命は国の物だというオルテンスに、そうではないと否定してくれる。
 もちろん、オルテンスは長年、価値がないとか、その命は国のために落とすべきとか。そういうことばかり言われ続けていた。そういう風に告げられ続けてきて、思い込まされ続けていた洗脳のような言葉は簡単になくなるわけでもない。
 それでも……オルテンスはこの国に居ると、そういう凝り固まった気持ちがなくなっていくのが分かった。




「うん……。私、この国に居たい。皆優しくて、好きだから。でも邪魔になった時は、夢を見ている状態の私を、痛くしないように殺してください」
「まだそんなことを言っているのか……? だから殺さないと言っただろう。お前はこの国で、この国の国民として生きていくんだ。お前が死ぬとしたら老衰だ。人生に悔いなどないと、そう実感しながら幸せに逝くのがお前の今後の目標だ」



 デュドナはそんなことを言う。
 この夢がまだ覚めてしまうのではないかと言っているオルテンスに、この夢は冷めないと。オルテンスの今後の目標は老衰するまで生きて、幸せに逝くことだと。


「……うん。陛下が許してくれる限り、私、この国に居る」
「ああ」


 頷いたオルテンスのことを、デュドナもミオラも優しい目で見ていた。


 メスタトワ王国で穏やかに過ごすうちに、オルテンスの心を縛っていた洗脳のような思い込みが少しずつとけてきている。
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