虎の威を借る狐姫と忍び



「そうか、そうか……」

 くくっ、とのどを鳴らしながら笑う姫君。



「____おい、九郎左衛門……ッ!!」
「っ!?」

(なんだ、急に雰囲気が……!)

 しかし、次の瞬間には虎のような形相で、忍び軍の頭領たる九郎左衛門を睨みつけていた。
 その声の、あまりの迫力に、左之助は背筋が凍り付く。

「なぜこいつを私に付けた……」
「おや、ご不満でもおありですか」
「茶化すな笹部九郎左衛門! 私は理由を尋ねている……!」

 不快感を隠さない姫に、九郎左衛門は飄々としていた。
 そんな彼にしびれを切らした姫君が再度怒声を浴びせる。
 すると、九郎左衛門はひとつ大きく息を吸ってから、数拍おいて回答した。

「…………この者は、異能(・・)を使いまするゆえ」
「……は?」

 九郎左衛門の言葉に、姫君はぽかんと呆けた。

「御当主様は、異能が使えぬ姫様(・・・・・・・・)をたいそうご心配されており、それゆえに異能を使う忍びを配下にせよ、と常々申されておりました」
「……」
「そんなおり、この者がわが軍にやって参りました。異能を扱い、しかも姫君と同じ歳という! この九郎左衛門、なんぞ、不思議な縁を感じた次第にございます……」
「……お前」

 姫君が視線は九郎左衛門に向けたまま、声だけで左之助を呼ぶ。

「っ、は、はい!」
「異能が使えるのか」
「……氷の異能を、扱いまする」
「氷か……」

 左之助の返答の後で、姫君はふむ、と顎を撫でてしばし考えこむ様子を見せた。
 その様子は先ほどと違い、怒りや不快感は見えない。

「姫君、ほかにご不満が?」
「…………まさか! 父上には礼を言っておいてほしい。後でまた礼の品をお送りする」
「御意にございまする」

 九郎左衛門がうやうやしく頭を下げる。
 代わりに姫君が左之助の方を見る。彼女の瞳と、しっかり目が合った。


「さて、若き忍び。私の名は津路為景(ためかげ)。今日よりそなたの主となる女。私からお前にいう事は一つ、」


 お前の流れる血の一滴、髪一本まで私のモノと心得よ。

 髪を一つに結い上げ、袴をはき、男のように座る姫がにこりと人の悪い笑みを浮かべる。
 装いも、立ち振る舞いも、名前ですら男のような、この姫君。
 今日この時をもってして、上月左之助は城主の二番目の姫君、為景の忍者となった。
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