虎の威を借る狐姫と忍び
二 日常
廣崎城主の娘である為景に挨拶をした翌日のことである。
昨日降った雪はとっくに融けており、地面はところどころぬかるんでいる。
城内の忍びの詰所から見て北へ足を進めていた。
向かう先は、左之助の主人の住まう屋敷である。
(なんでこんな辺ぴなところに……)
男の名を名乗るなど様変わりな姫君ではあるが、間違いなく城主の子供であるはずの姫の住処にしてはかなり立地が悪かった。
左之助が聞いた彼女の住まいは、本丸御殿から一番遠い場所、外堀のぎりぎりにあるらしい。
下級武士の侍屋敷や馬の飼育小屋、寝ずの番の詰所があるような外郭に、仮にも「姫」の住まいがあるという。
「……ここか?」
姫への扱いに大きな不安と違和感を覚えつつ、左之助は無事に離れについてしまった。
確かに、ほかの侍屋敷と比べれば、部屋数は多そうな屋敷がそこにはあった。
隣の屋敷と比べても、心なしか門や塀はしっかりしているように見える。
(それにしたって、姫君がなぁんでこんなところに……)
「……お頼み申す!」
不安を振り切るように首を振る。考えていても仕方のないことだ。
軽く玄関扉をたたいてから声をかければ、そう長く待たずに扉が開かれて、中から緋色のお仕着せを着た女性が出てきた。
「おはようございます。上月様でございますね」
「え、ええ……」
「どうぞ、為景様がお待ちです」
切れ長の目にきっちりと整えられた髪の毛、口元はきゅっと締まっている。年齢は左之助よりも幾ばくか上に見える女性だった。
姫とはまた違った雰囲気の女性に連れられて、左之助はとある部屋と案内される。
「為景様、上月左之助様をお連れいたしました」
「入れ」
女性が音もなく扉を開ければ、ひじ掛けにゆったりともたれて、楽に脚を投げ出した体勢の主人がそこにいた。
「ああ、よく来た。適当に座れ」