虎の威を借る狐姫と忍び
○○○


 部屋の外でははらりと雪が降っている。
 初雪だ。

 障子で外界と隔てられていたとしても、明るい日の光が入ってこないことや肌を撫でる冷たい空気から、それは容易に想像できた。


「……それで、九郎左衛門(くろうざえもん)。こやつが私の忍びか」

 ふ、と白い息が天井に上っていくのを視線だけで追いかけつつ、左之助は目の前の女性に意識を戻した。


「ええ、年頃の姫様にもより多くの忍びが必要だろうと御当主様が」
「父上からの指示か。帰ってきて早々に、何ともありがたいことだな」

 やれやれと首をふる女性こそ、これから左之助が使えることになった津路家の二の姫であった。
 高貴な彼女に直答をしているのは、初老の男性だ。
 忍び軍の頭領であり、名を笹部九郎左衛門と言う。

「しかし、まあ、若い忍びだな。腕は確かだろうね」

 左之助の身体が一瞬だけゆれた。
 姫からの無遠慮な視線が刺さったのをしっかりと感じる。

「ええ。ご心配召されまするな。若くとも腕利きです」

 そんな冷たい空気の中でほれ、挨拶しろ。頭領が左之助の肩をぽんと軽くたたいた。

「お初にお目にかかります。若輩ではございますが、姫のために精一杯お仕えいたす所存でございます!」
「……面を見せろ」

 姫の声に従って左之助はゆっくりと頭をあげて、彼女を見た。
 鮮やかな紅色の着物に漆黒の羽織をまとった姫は、忍者でも寒いと感じる部屋の中で背筋をしゃんと伸ばしていた。
 城主によく似た黒い瞳が印象的だった。

「若いな。そなた、いくつだ」
「十六でございます」
「私と同じ歳だな。生まれはどこだ」
「廣崎より南にあります、岩本川の上流の村でございます」
「と、いうことは山あいの村か。足腰は強そうだ。それでいつ廣崎に来た?」
「一年ほど前でございます」
「ははっ! そうか新参者か」

 にこりと姫君が存外愛想よく話しかけてくるのに、左之助は端的に答えていった。

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