隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
「戸田くん、それ終わったら上がっていいよ」
(……っていうか、帰って)
フル勤務、ずっと隣の席にいるなんて地獄だ。
そして、それはどちらかが辞めない限り終わらない。
『俺が飽きたら終わり、なんて思わないでね』
――その言葉が、本当だとしたら。
「あ、の、でも。浪川さんは……」
「私も残り終わらせたら帰るから、気にしないで」
故意によるミスがなくなって、私の業務もそれほど溜まってない。
もともと要領はいいんだろう、今日はほとんど質問されることもなかった。
つまり、あのミス全部、完全にわざと。
「それ、保管室に持っていくんですよね。手伝います」
「え……、いいよ、これくらい一人でも大丈夫」
「いえ……! 僕のせいで、浪川さんの業務押してるので……あの。せめてそれくらいしたい、です」
唖然。
私だけじゃなく、帰りかけた人みんな、ぽかん。
「お願いしま……」
「…………あー、うん。ありがとうございます。じゃあ、書類一緒に運んでもらうだけお願いします」
(……なんなのよ、もう……)
「持って行きますね」
「……そんなに持たなくても……」
ああは言ったけど、やっぱり今泣きたい。
保管室で二人きり。
しかも、退社しかけた人たちが足を止めて見守るなか、並んで歩かなきゃいけないなんて。
「それこそ、これくらい平気です。すみません、ドアのロック、解除していただけますか」
半分ずつ持ったら、楽にセキュリティカードを翳せるのに。
どうして、そんなことするんだろ。
『……好き』
――だめ。
それを、疑問に思ってしまったら。
・・・
「そこ、置いといてくれたら……」
「手伝うって言ったでしょう。せめて、これくらいさせてって。ナンバリング順に挟むだけだし。でも、一人でやると地味に時間かかるよ」
「…………」
お礼を言っていいのか、分からなかった。
それはそれで、余計な期待をしてるみたいで嫌になる。
「碧子さん。これ、そっちお願い」
「あ、うん……」
(……何なの)
気がつかなかったらよかった。
さっきから、私に回してくるのは届きやすい低い棚に仕舞う書類か、軽い台帳ばかりだって。
「もー……。変なとこで、無理して張り合わないの。身長は仕方ないんだから。別に低い方が負けなわけでもないし。そもそも何の勝負」
「そ、そんなんじゃなくて、ただ私だって届くだけ」
「何とか、ね。背伸びする一瞬、もったいなくない? 第一、危ないから」
こんなの、女の子扱いでも何でもないのかも。
単純に、効率の問題。
でも、それでもなんかムズムズして。
「別に、これ自体は差別でも特別扱いでもないよ。だから、大人しく……」
(……が、嫌なの! )
「へい、き……! 」
「に、見えないから。……っ、碧子さ……」
見えてなかった。
首が痛いくらい顔を上げてる状態で視界に入るのは、ファイルの端っこにどうにか引っ掛かった自分の指先までで。
更にその上、棚の上に置いてあったダンボールなんか。
「……っ、ぶな。大丈夫!? 何も当たらなかった……よね。よかった、中身紙ちょっとだけで」
「……う、うん」
私に当たるわけない。
こんなふうに、頭から守るようにすっぽり抱きすくめられて。
「はー、怖かった。怪我させたかと思った。だから、言ったじゃない」
「……ごめん……」
謝ったのがよほど意外だったのか、抱えてた頭から手を滑らせ、そっと両頬を包まれる。
「な、なに……」
「んー? やっぱ、可愛い」
振り解こうとして、彼を見上げることになって気づいた。
戸田くんこそ、頬を怪我してる。
「っ、本当、ごめん……! 」
「え? ……ああ、なんだ。そんなの、気にしなくていいよ」
「でも……」
「碧子さんが舐めてくれたら治るし」
恐る恐るその頬に伸ばしかけたのに、そんな冗談で竦んでしまう手を笑って捕まえて。
「これで、おあいこ。ね。身長で女の子扱いしてるんじゃない。……俺にとって、碧子さんが女の子なんだよ」
片方を優しく握って、もう片方の掌にキスしただけ。
何もしてないのに脅したくせに、頬を切って血が出たことはそんなことで許すの。
(……そんなこと……)
――だんだん、そう思えなくなってく。