突然ですが、契約結婚しました。
窓の外は雨だ。朝からずっと、しとしと降り続いている。そんなどんよりとした空気の中で、儚げな女性が1人立ち尽くしているのがモニターに映っていた。

「穂乃果さん……!?」

思わず声を上げると、息をするのも忘れていた様子の主任がはっと肩を震わせた。すぐに通話ボタンが押される。

「穂乃果!」
『あ、まーくん。ごめん、急に』
「ごめん急にちゃうやろ! なんでこっちにおるねんお前!」

主任の声は怒っていた。それも致し方ない。彼女は傘をさしていない。

『環さん、今日おる?』
「環? 横におるけど」
『そっかぁ。おらんかったら帰ろうと思ってた』

彼女の言葉の意味が一切理解できなくて、私達は顔を見合わせた。この雨に1月下旬の寒さだ。ずっと濡れていては風邪を引いてしまう。

「と、とりあえず中入ってもらいましょう」

何が何かわからないままそう言って、場面は巻き戻る。



「で? ちゃんと説明しろ」

リビングに主任の低い声が響く。部下時代によく聞いた。本気で怒っている時の声だ。
私の服を身に纏い、肩からフェイスタオルをかけた穂乃果さんは、困ったように眉尻を下げる。

「だからぁ、喧嘩したんやって。夫婦初の大喧嘩。もう頭きちゃって、家飛び出してきた」
「家飛び出してきて、大阪から関東まで来るやつがおるか!」

ごもっとも。喧嘩した、イコール彼女がここにいる理由にはならない。訝しげな視線に気が付いたのか、へにゃりと力ない笑みが浮かべられる。

「ごめんなぁ、あまりに無計画やったって反省してる。環さんも、迷惑かけてごめんなさい」
「あ……はい」

いえ、とはどうしても言えなかった。そう言うには、あまりに理解が追いつかない。

「大喧嘩して、気付いたら新幹線飛び乗ってた。けど、宛てもなくて、どうしようって思ってたとこに……まーくんの姿が浮かんで」
「……だからってアポ無しで来んなや」

ため息混じりの主任。心配する、と後に続く言葉が頭の中で補完される。
えぇっと、つまり。彼女は旦那さんと大喧嘩をして家を飛び出して、新幹線に乗って関東まで来て、宛てがなくて幼なじみである主任を頼ってきた……ってこと? ……えぇ、どういう状況?

「ほ、穂乃果さん」
「はい」
「今日、この後はどうされるおつもりで……?」

うちに泊まりますか? そう言えたならよかったんだろう。
主任にとっても想い人だ。力になりたいと思うはずだし、彼女にとっても恩になる。略奪なんてドロドロした昼ドラ展開は好きじゃないけれど、同じ屋根の下で過ごすことで、彼女の気持ちが主任に向いてもおかしくはない。
< 103 / 153 >

この作品をシェア

pagetop