突然ですが、契約結婚しました。
「でも、服装を見るに旦那さんなのかな。俺と会う時は、いつももっと刺激的な格好してくれてたもんね」
思いがけないタイミングで真正面から憎悪の感情を向けられて、私は完全に萎縮してしまう。
居た堪れなくて、今すぐここから逃げ出したくて視線を膝の上に落とす。視界の端には、主任のダークグレーのコートが見えた。
これが空を飛べるマントだったなら。今すぐヒーローみたいにして、彼が話してくれた星空を飛んでいってほしかった。綺麗なものだけ、見ていてほしかった。
「旦那さん、知ってます? タマちゃん、悪いんですよー」
「……悪い?」
「えぇ。あなたっていう婚約者がいるのに、俺のこと弄んでたんです。俺が勇気を出して告白したら、あんたは遊びだったってこっ酷く振られました」
何を。俺にお前は似合わないなんて捨て台詞を吐いたのはどこの誰。最後まで自分優位であろうとしたプライドの高さはどこへ行ったの。──そのプライドを曲げてでも、憎い私を陥れたいということなの。
「こんなこと俺が言うのもなんですけどー。旦那さんも気をつけたほうがいいですよ? タマちゃん、平気で人を切り捨てるところあるんで」
違う? ──違わない。ジンくんの一件があるまで、私はそうやって生きていたじゃない。適当な相手を見つけて、面倒になりそうだったり飽きたりしたら自分から関係を捨てた。だって、捨てられるのは怖かったから。
距離を詰めて、特別な感情を抱いて、期待して。都合よく利用されるだけ利用されて捨てられる。そんな痛みは、もう味わいたくなかった。
「……そうですね」
「……っ!」
主任の平坦な声が冷たい空気を震わせる。私の肩は自分のものじゃないように大きく跳ね、太ももの上に作った拳には力がこもった。
嫌だ。聞きたくない。全てを遮断したくてぎゅっと瞼を閉じた刹那──手の甲がふわりと温もりに包まれた。
「え……」
顔を上げると、ジンくんを真っ直ぐに見つめる主任がいた。温もりが主任のものだと認識するのに、少し時間がかかった。
「ご忠告ありがとうございます。──でも、心配には及びません」
「は……?」
「僕は、僕が見る彼女を信じているので」
失礼します。主任は私の手を引いて立ち上がり、ジンくんに向かってはっきりとそう言った。
横を通り過ぎようとした時、さっきとは打って変わった低い声が届いた。
第三の力によって、主任が後ろを振り返らされる。
「正気ですか? この女は、あなたがいるのに他の男と関係を持ってたんですよ?」
思いがけないタイミングで真正面から憎悪の感情を向けられて、私は完全に萎縮してしまう。
居た堪れなくて、今すぐここから逃げ出したくて視線を膝の上に落とす。視界の端には、主任のダークグレーのコートが見えた。
これが空を飛べるマントだったなら。今すぐヒーローみたいにして、彼が話してくれた星空を飛んでいってほしかった。綺麗なものだけ、見ていてほしかった。
「旦那さん、知ってます? タマちゃん、悪いんですよー」
「……悪い?」
「えぇ。あなたっていう婚約者がいるのに、俺のこと弄んでたんです。俺が勇気を出して告白したら、あんたは遊びだったってこっ酷く振られました」
何を。俺にお前は似合わないなんて捨て台詞を吐いたのはどこの誰。最後まで自分優位であろうとしたプライドの高さはどこへ行ったの。──そのプライドを曲げてでも、憎い私を陥れたいということなの。
「こんなこと俺が言うのもなんですけどー。旦那さんも気をつけたほうがいいですよ? タマちゃん、平気で人を切り捨てるところあるんで」
違う? ──違わない。ジンくんの一件があるまで、私はそうやって生きていたじゃない。適当な相手を見つけて、面倒になりそうだったり飽きたりしたら自分から関係を捨てた。だって、捨てられるのは怖かったから。
距離を詰めて、特別な感情を抱いて、期待して。都合よく利用されるだけ利用されて捨てられる。そんな痛みは、もう味わいたくなかった。
「……そうですね」
「……っ!」
主任の平坦な声が冷たい空気を震わせる。私の肩は自分のものじゃないように大きく跳ね、太ももの上に作った拳には力がこもった。
嫌だ。聞きたくない。全てを遮断したくてぎゅっと瞼を閉じた刹那──手の甲がふわりと温もりに包まれた。
「え……」
顔を上げると、ジンくんを真っ直ぐに見つめる主任がいた。温もりが主任のものだと認識するのに、少し時間がかかった。
「ご忠告ありがとうございます。──でも、心配には及びません」
「は……?」
「僕は、僕が見る彼女を信じているので」
失礼します。主任は私の手を引いて立ち上がり、ジンくんに向かってはっきりとそう言った。
横を通り過ぎようとした時、さっきとは打って変わった低い声が届いた。
第三の力によって、主任が後ろを振り返らされる。
「正気ですか? この女は、あなたがいるのに他の男と関係を持ってたんですよ?」