突然ですが、契約結婚しました。
「さっきあの人にも言ったけど、俺は俺が見る小澤のことを信じてるよ。仕事熱心で、実は負けず嫌いで、上司の扱いも後輩の面倒見もいい。そんなおまえが、身の回りにいる人を簡単に切り捨てたりするやつじゃないってことは、ずっと一緒に働いてきた俺が一番よくわかってる」
だから泣くなよ。そう言われて、防波堤が決壊していたことに気が付いた。眼を焼くほどに熱い涙が、とめどなく溢れてくる。
『過去は過ぎ去った過去だ』
『彼女は今、僕の傍にいる。僕にとってそれが全てです』
さっきの主任の言葉が何度もなんども頭の中に響き渡る。真っ直ぐで淀みのない言葉たち。
失うのが怖い。捨てられたくない。そんな恐怖心が邪魔をして、一歩を踏み出せずにいた。主任が差し出してくれた手を、掴めずにいた。
だけど、過去は過ぎ去った過去なのだ。
健太くんとのことが優しい思い出になったように。あの時の傷だって、捲らなければ瘡蓋になってくれるはず。
今、彼は間違いなく私の傍にいて、私もまた彼の傍にいる。いつか失うかもしれない。先のことはわからない。だけどそれは、今じゃない。幾度となく反芻する。
拭い切れない恐怖をも超えて溢れ出す──
「──すきです」
この感情が、今の私のすべてだ。
「……え?」
分厚い涙の膜の向こうで、主任が目をまんまるにして私を見下ろしていた。何が起こったのかわからないといったような表情で、ただそこに立っている。
「主任がすきです。ぶっきらぼうでわかりにくいけど、いつだって真っ直ぐな主任のことがすきです」
「ちょ、ちょっと待て」
「本当に厳しくて、でもその何倍も自分に厳しい主任がすきです。プライベートではやっぱりちょっとぶっきらぼうだけどすごく優しい主任がすきです」
「ちょ……小澤!」
掴んでいたのとは逆の主任の大きな掌が、私の口元を覆うように顔に翳される。指の隙間から見えた主任の顔は真っ赤に染め上がっていて、やっぱり少し困惑した表情を浮かべていた。私は唇をつんと尖らせて主任を睨む。
「なんですか」
「なんですかじゃなくて」
「止めないでください。まだ言い足りないんだから」
もっともっと言いたい。伝えたい。ブレーキをかけていた想いは、その分勢いを増して溢れた。
湯浅に65点と辛口に採点されたドラマだけど、主人公の気持ちが今なら痛いほどにわかる。たった一つの好きという気持ちは、こんなにも強いのだ。
「おまえは俺を殺す気か」
忌々しそうにそう呟かれた後、
「……っ」
腕を引かれた私の体は、大きな温もりに包み込まれた。ダークグレーの中に着られたニットから香る柔軟剤の匂いが鼻を打つ。
だから泣くなよ。そう言われて、防波堤が決壊していたことに気が付いた。眼を焼くほどに熱い涙が、とめどなく溢れてくる。
『過去は過ぎ去った過去だ』
『彼女は今、僕の傍にいる。僕にとってそれが全てです』
さっきの主任の言葉が何度もなんども頭の中に響き渡る。真っ直ぐで淀みのない言葉たち。
失うのが怖い。捨てられたくない。そんな恐怖心が邪魔をして、一歩を踏み出せずにいた。主任が差し出してくれた手を、掴めずにいた。
だけど、過去は過ぎ去った過去なのだ。
健太くんとのことが優しい思い出になったように。あの時の傷だって、捲らなければ瘡蓋になってくれるはず。
今、彼は間違いなく私の傍にいて、私もまた彼の傍にいる。いつか失うかもしれない。先のことはわからない。だけどそれは、今じゃない。幾度となく反芻する。
拭い切れない恐怖をも超えて溢れ出す──
「──すきです」
この感情が、今の私のすべてだ。
「……え?」
分厚い涙の膜の向こうで、主任が目をまんまるにして私を見下ろしていた。何が起こったのかわからないといったような表情で、ただそこに立っている。
「主任がすきです。ぶっきらぼうでわかりにくいけど、いつだって真っ直ぐな主任のことがすきです」
「ちょ、ちょっと待て」
「本当に厳しくて、でもその何倍も自分に厳しい主任がすきです。プライベートではやっぱりちょっとぶっきらぼうだけどすごく優しい主任がすきです」
「ちょ……小澤!」
掴んでいたのとは逆の主任の大きな掌が、私の口元を覆うように顔に翳される。指の隙間から見えた主任の顔は真っ赤に染め上がっていて、やっぱり少し困惑した表情を浮かべていた。私は唇をつんと尖らせて主任を睨む。
「なんですか」
「なんですかじゃなくて」
「止めないでください。まだ言い足りないんだから」
もっともっと言いたい。伝えたい。ブレーキをかけていた想いは、その分勢いを増して溢れた。
湯浅に65点と辛口に採点されたドラマだけど、主人公の気持ちが今なら痛いほどにわかる。たった一つの好きという気持ちは、こんなにも強いのだ。
「おまえは俺を殺す気か」
忌々しそうにそう呟かれた後、
「……っ」
腕を引かれた私の体は、大きな温もりに包み込まれた。ダークグレーの中に着られたニットから香る柔軟剤の匂いが鼻を打つ。