断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる

 一人がけのソファにゆったりと座り、刺繍の図案を考える。ジャックさまへ、指輪のお礼に何か贈りたいのだ。
 あ、そうだ。ジャックさまの王冠に、わたくしのシンボルマークであるブルーローズを添えてみようかしら。

 ちなみにシンボルマークとは、公爵家や王族が名前の代わりに、身の回りの品につける印章だ。産まれた時に一人一人に定められる。
 ジャックさまのシンボルマークは、フリージア。紫色の花で、中央が黄色い。甘く爽やかな香りが、ジャックさまにピッタリだ。

 上質なハンカチを取り出し、図案の下書きをして、刺繍枠をはめて、ネジをきっちりしめてから、布をピンとはる。刺繍糸を針に通して、チクチクと刺繍を始めた。
 ゆっくりと紅茶を飲みながら、刺繍をするだなんて、すごく久しぶりだわ。

 そもそも社交自体、性格的に向いていないのよね。本来こうやって静かに過ごすのが好きなのだ。
 まぁ、皇太子妃になるのだから、そうは言ってられないけれど。でも好きな人のためなら、いくらでも頑張れる気がする。

 今まで遠くから眺めるだけで満足で、好きだとか自覚していなかったけど。昨日の出来事で、好きになっても良い状況になってから、ジャックさまをお慕いしていると気がついて。

 ――両想いだなんて本当に幸せ。

 すぐには婚約出来ないでしょうけど、こうやって、ジャックさまを考えながら、心を込めて刺繍出来ることが何より嬉しい。だって、愛のない結婚しか道は無いと思ってたのだもの。

 途中、お昼休憩も取りながら、没頭して刺繍をする。すると、あっという間に日が暮れて、夜になって。晩御飯を両親と食べた後も、刺繍を続けた。

 ひと針、ひと針に、夢中で好きの気持ちを込めて丁寧に縫って、ようやく完成したのは、夜中だった。

< 10 / 53 >

この作品をシェア

pagetop