エレベーターから始まる恋
*
「まずい!ギリギリだ!!」
ふわふわした気分で朝起きた私は、時計の時刻を見て驚いた。
アラームを止めた記憶も鳴った記憶もない。
身支度は最低限で済ませ、汗を流しながら必死になって辿り着いた。
ビルに入り、ちょうど閉まりかけたエレベーターに滑り込んだ。
「ふぅ、ギリギリセーフ」
これを逃したら2分は来ないだろう。
全く、エレベーターはもう1基増やしてほしいところだ。
肩を上下させ、膝に手をついて呼吸を整える。
…おや?
視界に革靴が。ゆっくりと視線を上げる。
徐々に顔が見えてくる。
その人物は不思議そうに私を見ていた。
「…っ!?お、おはようございます!」
「…おはようございます」
想像していた反応と違い、内心戸惑う。
前と変わらない、感情の読めない表情だ。
おかしいな…
もしかして、あの言葉は幻聴だった?食事したのも幻?
やがてエレベーターは3階に止まった。
ガクリと肩を落としていると、右手にふわっと温もりを感じる。
郡司さんの大きな手が、私の手をしっかりと包み込んでいた。
そして軽く、ぎゅっぎゅっと2回握られた。
開く扉。彼は足を踏み出す。
「郡司さん!!」
ゆっくりと振り向いた。
「今日…一緒に帰っても、いいですか?」
その顔に少しずつ感情が映し出される。
「あぁ。もちろんだよ、雅」
「っ!!」
扉が閉まり切るその瞬間まで、私たちはしっかりと見つめ合っていた。
最初は名前もどこの会社の人かも分からなかった彼。
エレベーターから始まった恋は、挨拶だけの関係から形を変え、また新たに動き出しました。
【完】


