【完結】この結婚、漫画にしちゃダメですか?
出版社を出ると辺りは既に夕焼け色に染まり始めていた。これから夏に向けて少しずつ日が伸び一日が長く感じていくのだろう。
外の空気を感じ一呼吸おいた私がQEDビルを見上げたちょうどその時、メッセージの着信音が鳴り始める。
小笠原さんからだった。
『今日は打ち合わせ出来なくて悪い。しばらく会社に泊まることになると思う』
「……そっか。小笠原さん、大丈夫かなぁ」
なにか自分にできることはないだろうか?などと色々考えたが、残念ながら自分には何もできることはないなということになってしまった。
──結局オシャレしても小笠原さんの目には入らなかったのがちょっと悔しいな。所詮私はただの同居人で漫画家で……それ以上でも以下でもない関係。
もし、香菜さんが戻ったりしたら私は……
そんなふうに思うとまた勝手に暗い気持ちになってしまう。重い溜め息をつきながら駅へ続く道に目を向けると、ビルの前に佇む女性が一人。
風になびく白色のワンピースにサラサラのロングヘアー。
そのなびくヘアーからチラッと見える横顔はとても綺麗な顔立ちで、夕焼けに照らされどこか儚さを持ち合わせた女性のように見えた。
周りを通る男性もチラチラと何度も見つめるほど目立つ存在。その女性は私と同じくQEDのビルをじっと見上げている。
その姿を見た私は。
心臓の鼓動がドクドク速くなる。
体が凍ったみたいに動かない。
その女性から目が離せない。
自分の体を自分の意思で動かせないのは初めての体験だった。そして彼女は……
──彼女はまさしく小笠原さんと一緒に写っていた香菜さんだった。──
……香菜……さん?
なぜここに、香菜さんが?
小笠原さんに逢いに来たの?
話しかけなきゃ。
ひき止めなきゃ。
小笠原さんに知らせなきゃ……
そう頭ではわかっているのに足が動かない。
しばらくすると香菜さんは出版社ではなく、道路の方へ歩き出しタクシーを止めその場を離れて行ってしまった。
その瞬間、体の力が抜けたようにその場に座り込んだ。なぜだか勝手に涙まで溢れてくる。この時自分の気持ちをいやというほど思い知らされたのだ。
──わたし……本当に小笠原さんのことが好きになっちゃったんだ……。
私は香菜さんに声をかけられなかった自分が程々嫌になった。