【完結】この結婚、漫画にしちゃダメですか?
それぞれの想い人


時計に目を向けると19時を回ろうとしていた。辺りも少しずつ薄暗くなっていき、最上階から見る夜景も今日で最後かと思うと寂しい気持ちが増してくる。

“ガチャッ”

私が物思いに浸っていると玄関の開く音がする。その日に限って小笠原さんの帰りが早い。私はてっきり香菜さんとどこかへ出かけてくるものだと思っていたから、まだ平常心を(まと)う準備ができていなかった。

──今、小笠原さんに逢ったら嫌みやら文句やら……自分の想いがいっぱい出てきて、止まらなくなりそうで怖い。

いつもなら小笠原さんの帰宅に気づけば、玄関までお出迎えをしていたのだが、今日は自分の部屋から出る気がしなかった。もちろん小笠原さんも私が戻っていることには気づいているだろうけど。

──私は明日、ここを出て行こうと思う。

本当は漫画の制作が終わるまでは置いてもらおうと思ったが、香菜さんとよりを戻すなら私は邪魔者だ。

心が浮上しないまま、ボ─としながらベッドに寝っ転がっていた時、突然ドアをノックする音が部屋を包み込む。

「片桐さん……ちょっといいかな?」

「…………」
小笠原さんの訪問に私はベットから飛び起きたが声が出てこない。返答しようとすればするほど何を言っていいのか焦ってしまう。

「……そのままでいいから聞いて。一度ちゃんと話しをしなきゃと思っていたんだ。同居解消のことは別に……片桐さんのことが嫌になったとかそういうわけじゃないんだ。むしろ……」

小笠原さんは弁明ともとれるような自分の気持ちをドア越しにぶつけてくる。しかし今さら何を取り繕うと……終わることは決まっているんだ。

「ごめん。……今から言うことは聞き流してもらっても構わないから、だから聞いてほしいんだ」

いつにもなく真剣に話しをする小笠原さんに私は顔を上げドアの方を見つめたのだ。
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