妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「さぁ、着いたぞ」


 父様が案内してくれたのは、宮殿の東に位置する棟にある一室だった。護衛の武官たちが数人、父様を見て、恭しく頭を下げる。父様は彼等を一瞥しつつ、わたしの肩をポンと叩いた。


「ここから先は一人で大丈夫だな」

「ええ。東宮さまはわたくしの従兄弟――――いえ、幼馴染でございますから」


 わたしの言葉に、父様は満足そうに微笑みながら、その場を後にした。


(さて、と)


 大丈夫とは言ったものの、心の準備は必要だ。重苦しい大きな扉からは、部屋の中の様子は窺えない。


(……本当に、憂炎がここに居るのだろうか)


 ここに来てなお、わたしはあいつが皇太子になったことを受け入れられずにいるらしい。
 何度も深呼吸を繰り返し、ドクドクと騒がしい心臓を落ち着かせてから、わたしは部屋の戸を軽くノックした。


「誰だ?」


 そう尋ねたのは、憂炎ではない男のものだった。凛とした低い声で、既にこの場にいない父様にまで聞こえるのではないかという程よく響く。


「張 高宗が娘、華凛にございます」


 わたしはそう口にし、扉の前で頭を下げた。どれぐらい経っただろうか。扉が開く音が聞こえる。ゆっくりと顔を上げると、そこには声の主ではなく憂炎が立っていた。


「よく来たな!」


 そう言って憂炎は勢いよくわたしのことを抱き締める。思わぬことに、わたしは目を見開いた。


(えっ……何してんの、憂炎の奴⁉ 憂炎と華凛ってこんな距離感だったっけ⁉ 一体どういうこと⁉)


 頭に浮かぶいくつもの疑問をわたしは必死で呑み込む。


「東宮さま、お久しぶりです」


 憂炎をそっと押し返しながら、わたしは微笑んだ。憂炎はわたしの頭を撫でながら、満面の笑みを浮かべている。まるで目に入れても痛くないとでも言いたげな愛し気な表情だ。


(なんなのよ、その表情は)


 凛風の時には向けられたことのない表情に、わたしは戸惑いを禁じ得ない。けれど、これが憂炎と華凛が二人きりの時の距離感ならば、そうと悟られるわけにもいかない。いつの間にか握られていた手のひらにドギマギしながら、わたしは必死に深呼吸を繰り返した。


「すまないな、急に呼び立ててしまって」

「いえ……東宮さまのお仕事を補佐できるなんて、光栄ですわ」


 言いながら、わたしは密かに口の端を引き攣らせる。


(憂炎の奴……わたしに『妃になれ』って言ってきたときは、そんな風に気遣ってくれなかったくせに)


 華凛に対しては違うのか――――そう思うと、妙に腹立たしかった。
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