妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「さぁ、中に入ってくれ。侍女に茶を用意させよう」
そう言って憂炎はわたしの腰を抱き寄せる。
(おかしい。明らかに距離感がおかしい)
これではまるで従兄弟や友人ではなく、恋人や夫婦のようだ。しかも、周りからベタベタし過ぎだと揶揄されるレベルのそれである。
(くそぅ……凛風だったら手の甲を思い切り抓ってやるのに)
残念ながら今のわたしは華凛だ。華凛はそんなことをしない。
案内された長椅子に腰掛けながら、わたしは気もそぞろだった。憂炎の反応がおかしいせいで、予め用意しておいたシナリオが殆ど機能していない。
室内には憂炎の他に、長身の男性が一人しか見当たらなかった。恐らく、先程わたしに声を掛けてきたのが彼なのだろう。憂炎に促され、男性はわたしの前に躍り出ると、ゆっくり深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。李 白龍と申します。以後、お見知りおきを」
「初めまして……白龍さま、とお呼びしても?」
白龍はわたしの問いにコクリと頷く。
白龍は憂炎とはまた違った、柔和な雰囲気の持ち主だった。けれど、決してボーっとしているわけではなく、神秘的で近寄りがたい印象を受ける。白龍という名前に良く似合った白銀の長髪を持ち、京でも珍しい翠色の瞳をしていた。
なによりわたしの興味を引いたのは、無駄なく引き締まった彼の肉体だった。それは観賞用ではない、実戦向けの筋肉――――わたしたちが通っていた道場では見たことがないものの、白龍は何か武道をやっていたに違いない。
(――――手合わせしてほしいなぁ)
じゅるりと涎を垂らしそうになり、わたしは慌てて気持ちを引き締める。
けれど、ほんの数秒でわたしの意識はまた白龍へと向かった。
(無手派? 剣術? 弓使いだろうか? どれでも良いから今度目の前でやってみせてほしい。っていうか筋肉を直接触らせて欲しい――――)
「それで、おまえに頼みたい仕事だが」
憂炎の声でわたしは一気に現実に引き戻される。彼の眉間には小さく皺が刻まれていた。改めて居住まいを正しつつ、わたしは「はい」と返事をする。
「――――別に難しいことを頼むつもりはない。書類の仕分けや整理、定型的な文書の作成や取次関係をお願いしたい」
憂炎はそう言って目を細めた。
科挙試験を受けたわけでもない完全な縁故採用のわたしに、官僚の仕事をさせるわけにはいかないらしい。父様の言っていた通り、本当に補佐的な仕事を任せたいということのようだ。
(このぐらいならわたしでもできる)
そう思うと、少しだけホッとした。
そう言って憂炎はわたしの腰を抱き寄せる。
(おかしい。明らかに距離感がおかしい)
これではまるで従兄弟や友人ではなく、恋人や夫婦のようだ。しかも、周りからベタベタし過ぎだと揶揄されるレベルのそれである。
(くそぅ……凛風だったら手の甲を思い切り抓ってやるのに)
残念ながら今のわたしは華凛だ。華凛はそんなことをしない。
案内された長椅子に腰掛けながら、わたしは気もそぞろだった。憂炎の反応がおかしいせいで、予め用意しておいたシナリオが殆ど機能していない。
室内には憂炎の他に、長身の男性が一人しか見当たらなかった。恐らく、先程わたしに声を掛けてきたのが彼なのだろう。憂炎に促され、男性はわたしの前に躍り出ると、ゆっくり深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。李 白龍と申します。以後、お見知りおきを」
「初めまして……白龍さま、とお呼びしても?」
白龍はわたしの問いにコクリと頷く。
白龍は憂炎とはまた違った、柔和な雰囲気の持ち主だった。けれど、決してボーっとしているわけではなく、神秘的で近寄りがたい印象を受ける。白龍という名前に良く似合った白銀の長髪を持ち、京でも珍しい翠色の瞳をしていた。
なによりわたしの興味を引いたのは、無駄なく引き締まった彼の肉体だった。それは観賞用ではない、実戦向けの筋肉――――わたしたちが通っていた道場では見たことがないものの、白龍は何か武道をやっていたに違いない。
(――――手合わせしてほしいなぁ)
じゅるりと涎を垂らしそうになり、わたしは慌てて気持ちを引き締める。
けれど、ほんの数秒でわたしの意識はまた白龍へと向かった。
(無手派? 剣術? 弓使いだろうか? どれでも良いから今度目の前でやってみせてほしい。っていうか筋肉を直接触らせて欲しい――――)
「それで、おまえに頼みたい仕事だが」
憂炎の声でわたしは一気に現実に引き戻される。彼の眉間には小さく皺が刻まれていた。改めて居住まいを正しつつ、わたしは「はい」と返事をする。
「――――別に難しいことを頼むつもりはない。書類の仕分けや整理、定型的な文書の作成や取次関係をお願いしたい」
憂炎はそう言って目を細めた。
科挙試験を受けたわけでもない完全な縁故採用のわたしに、官僚の仕事をさせるわけにはいかないらしい。父様の言っていた通り、本当に補佐的な仕事を任せたいということのようだ。
(このぐらいならわたしでもできる)
そう思うと、少しだけホッとした。