妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
 それから数時間後、華凛は後宮を出ていった。


(頭重っ)


 慣れない服装、髪型、化粧の香りに戸惑いつつ、わたしは心の中で悪態を吐く。


(何だよ……簪なんて一本もあれば十分だろう?)


 別に何処に出掛けるでも、誰に会うわけでも無いのに、妃というのはこんなにも着飾らなければならないのか――――そう思うと、入れ替わってたった数分間だというのにげんなりしてしまう。とはいえ、凛風は華凛みたいにいつもおりこうさんで居る必要はない。久しぶりに姿勢を崩して寛げることがわたしは嬉しかった。


(さぁーーて、これから3日間、めちゃくちゃ暇だろうなぁ)


 後宮の醍醐味は他の妃とのバトルだろうが、憂炎の妃は現状『凛風』しか存在しない。現皇帝の妃達から招かれることも無かろうし、一人でお茶をしたところで、長い一日の一瞬しか時間は潰せない。退屈に決まっている。



(後宮の探索とかしちゃダメかな? あとは宦官たちに手合わせしてもらうとか)


 今のわたしは凛風なのだし、よく考えたら誰に遠慮する必要もない。そちらの方が憂炎から離縁される日も早まりそうだし、案外楽しめそうだ――――そう思いつつ、わたしは小さく笑みを漏らす。


「凛風さま、大変です!」


 だけどその時、侍女の一人が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。この子がこんなに取り乱しているのは珍しい。わたしは小さく首を傾げた。


「一体どうしたの?」

「失礼をして申し訳ございません! それが……憂炎さまが」

「――――憂炎? 憂炎がどうしたの?」


 わたしの問い掛けに、侍女は息を切らし興奮した面持ちでわたしのことを見上げる。


「東宮さまがただ今、こちらに向かっていらっしゃいるそうなんです!」

「――――はぁ⁉ 」


 その瞬間、わたしは思わず声を荒げた。恐れていた事態の実現。頭がくらくらしてくる。


(憂炎がここに来る⁉ 何かの冗談だろう⁉)


 信じられない――――信じたくない。
 そんな気持ちのまま急いで窓の外を覗くと、遠くの方で数人分の灯りが揺れているのが見える。わたしは気が遠くなるような心地がした。
< 23 / 74 >

この作品をシェア

pagetop