妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「なんですの? わたくしの顔をじっと見つめたりして」

「――――いや、可愛いなぁと思って」

(はぁ⁉)


 暑さで頭がやられたのだろうか――――そう思いかけたけど、そういえば今のわたしは華凛だった。『凛風』に対して言うなら変な言葉でも、華凛に対してなら別に変じゃない。


「まぁ、嬉しい。だったら憂炎は、姉さまのことも可愛いと思われたりしますの? 同じ顔ですもの。少しぐらい褒めても罰は当たらないと思いますわ」


 『華凛』である今だからこそ言える皮肉。
 憂炎はわたしを褒めたためしがない。可愛いとか、綺麗みたいな表面的な褒め言葉でさえ、吐いたためしがないのだ。

 だけど、この間の白龍の例もある。憂炎が『凛風』のことをどんな風に話すのか、少しだけ興味があった。


(まぁ、どうせボロクソに言うんだろうけど)


 それは予感じゃなくて確信。
 だけど憂炎は、とても穏やかに目を細めた。


「当然、誰よりも可愛いと思ってる」

「…………え?」


 目の前で紡がれた信じ難いセリフに、言葉を失う。心臓がドクンと大きく跳ねて、体温が一気に熱くなった。


(嘘だろう?)


 憂炎が『凛風』のことをそんな風に思っているなんて、これまで一度だって感じたことは無い。いつだって『仕方がない奴』みたいな顔でわたしを見ていたし、女というより男友達みたいに思われてるって。そんな風に思っていたのに。


「今日は楽しかったか?」


 わたしの頭を撫でながら、憂炎はそう尋ねた。えぇ、と答えながら頷くと、憂炎は目を細めて笑う。何故だか胸がざわざわと騒いだ。


「あの……姉さまは元気ですか? 毎日通われているんでしょう?」


 何となく居た堪れなくなって、そんなことを尋ねてみた。

 再び入れ替わりを果たしてから一ヶ月。
 噂によれば、憂炎はあれ以降も毎日、『凛風』――――華凛の元に通っているらしい。

 憂炎が通わなければ、入内当初と同様、華凛は退屈しただろう。だが、今は違う。
 華凛はわたしとは違ってあの生活に乗り気だったのだし、満ち足りた日々を送っているのだろう。


「――――そうだな。毎日会ってはいるよ」


 憂炎はため息を吐きながらそう言った。微笑んではいるが、どことなく浮かない表情に見える。わたしはそっと身を乗り出した。


「上手くいっていないのですか?」

「――――――いつになったら凛風は、俺の本当の妃になってくれるんだろうな」


 質問に遠回しに答えながら、憂炎はギュッと膝を抱いた。


「凛風の意志を無視したのは俺だ。だから、あいつが元々俺との結婚に乗り気じゃないことは分かっている。だけど俺は、それでもあいつのことを――――」


 憂炎の言葉がわたしの心を締め付ける。

 そんな切なげな顔をしないでほしい。泣きそうな声音を出さないで欲しい。憂炎に対して罪悪感なんて覚えたくない。
 わたしにはもう、どうしてやることも出来ない。憂炎の望みを叶えることは出来ないのだから。
< 55 / 74 >

この作品をシェア

pagetop