妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
(それにしても)


 唐突に態度を変えたら怪しまれると、華凛は憂炎に対し、慎重な態度を取っているのだと思う。妃であることを厭うているような、そんな態度を。

 だけど、華凛は元々妃になることを望んでいたのだし、そろそろ態度を軟化させても良い頃合いだろう。そう助言してやれたら良いのだけど、後宮に行くことはどうしても憚られる。わたしは小さくため息を吐いた。


「ねぇ、憂炎。どうして憂炎は、『姉さま』を妃に望まれたのですか?」


 風が音を立てて吹きすさぶ。潤ったはずの喉が渇いて、耳の奥でざわざわとした不協和音が響き渡る。

 聞きたくて。でも聞きたくない。

 それはこの数か月間、ずっと疑問に思っていたこと。凛風として後宮にいた間も、ずっとずっと避けていた話題だった。


「――――――そんなの、理由は一つしかないだろう?」


 憂炎はそう言って、困ったように笑った。その顔がなんだか苦し気で、今にも泣きだしそうで、こっちまで胸が苦しくなる。


「そんなことはございません。家格や容姿、跡継ぎ問題や政治的背景……妃を決める要素はいくらでもありますわ」


 それらは、わたしが憂炎から妃に指名されたとき、真っ先に思い浮かんだ理由だった。これに加え、よく知っている人間の方がやりやすいから、というのがわたしが必死で落とし込んだ『凛風が妃でなければならない理由』だった。だけど――――。


「そんなこと、ひとつも関係ないよ」


 憂炎は首を横に振ると、小さく俯いた。


「そうだよな。そんな風に言うぐらいだ。俺の気持ちはきっと、ちっとも伝わっていなかったんだよな」


 そう言って憂炎はわたしを見る。

 まるで時が止まったみたいに静かだった。風も日差しも何にも感じなくて。憂炎の紅い瞳から目が離せなくて。わたしはゴクリと息を呑む。


「俺は凛風が好きなんだ」


 心臓が抉られるようだった。憂炎の熱い眼差しに、わたしのこころと身体が悲鳴を上げる。

 違うのに。
 わたしはもう『凛風』じゃないのに。
 どうしてこんなにも心が揺さぶられるんだろう。胸が痛くなるんだろう。


「凛風が好きだ」


 バカ憂炎。ここには『凛風』はいない。
 だから、そんな苦しそうに、想いを吐露しないでほしい。


「――――姉さまと同じ顔のわたくしで練習したら、ちゃんと本人に伝えられます?」


 こんなところで、わたしに伝えたって何の意味もない。早く後宮に。『凛風』――華凛の元に行ってほしいと切に願う。


「――――――そうだな。伝えたいって……伝わって欲しいって心から思うよ」


 憂炎はそう言ってわたしをギュッと抱き締めた。
 囁くように、何度も何度も「凛風が好きだ」と口にして、身体が軋むほど抱き締められる。

 喉が焼けるように熱い。心の中で訳の分からない感情が暴れて、一気にせり上がってくるみたいだった。苦しくて、辛くて、涙が滲む。

 『凛風』への気持ちを吐露しながら『華凛』を抱き締めるなよ――――そう思うのに、今は憂炎にわたしの顔を見られたくなくて。

 憂炎の胸に身体を預けながら、わたしはこっそりと涙を流した。
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